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    あれやこれやのなんやかんや

    多趣味というか関心のあるものが多いので、趣味のことから政治的なことまで書きたいことを書きたいように書いていきます。

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    名倉聡美個展「約束」

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    以前このブログでも紹介した画家・名倉聡美さんの個展に行ってきた。

    名倉聡美 個展「約束」

    【前期】「流蜜」9月5日(土)~9月12日(土)   予約制
    【後期】「廃巣」9月13日(日)~9月20日(日)   18:30-22:00

    企画:飯盛 希

    会場:22:00画廊
    http://2200gallery.com/news.html


    「流蜜」と名付けられた前期は予約制となっており、名倉さん本人が立ち会って自身の絵の説明をしたり、お手製のカードで来訪者を占ったりしていた。
    打って変わって、「廃巣」と名付けられた後期には作家は在廊せず、来訪者はその不思議な絵画たちと1対1で対峙することを迫られていた。

    この聞き慣れない展示形式も、企画者がオントロジカル・スニップというグループ展を手がけた飯盛氏であることを思えば納得がいく。
    彼がオントロジカル・スニップで提示した関心ごとは「作家性」であり、そこで追い求めたものは「作品」と「作家」とを結びつける内面や思考や制作プロセスである。
    オントロジカル・スニップでは、それぞれの作家と作品についてのイメージや感想を単語として書き出して共通点を結びつけて壁面にマッピングした、展示会と同名の「オントロジカル・スニップ」という作品があった。
    しかしその作品を見たとき、自分には名倉さんとその作品だけが端へと追いやられ、グループ展であるにも関わらず他の作家と切り離され、彼女の描くイメージのように中空を漂い続けているままで、うまく分類しえていないように感じられた。


    彼女の作品は、絵そのものが、ありきたりな言葉で語られることを拒絶し続けるようにプログラムされているからなのだろうか。自分には彼女の絵が、絵そのものとしてしか存在していないように思えてならないのだ。

    そういう感覚は飯盛氏にもあったのではないかと思う。
    だからこそ今回の展示は個展であり、前期は作家との蜜月な会話や時間の共有を経て理解を深められる予約制を採用し、後期は作家不在のなか作品と1対1でじっくりとことん対峙してもらうために、22:00画廊の強みを活かして遅くまで開放していたのではないか。

    ただし、「前期は予約制で作家が応対、後期は作家不在で開放」と言われてしまえば、これはやや排他的であると言わざるを得ないだろう。だが、そのことは指摘としては当たっていても批判としては必ずしも当たらない。
    この個展の意義は名倉聡美を広く紹介することにはなく、まだ未知の存在である彼女とその作品が、どのようなものであるのかを(我々はもちろん、飯盛氏さえ、作家自身すらも含めて)ただただ凝視することによって、より深く理解して、どのように世に問うていくかの戦略を練ることにある。
    彼女の作品に対しては、鑑賞者はそれだけの密度をもって向き合う必要がある。
    カオス・ラウンジやオントロジカル・スニップのようなグループ展の中に彼女の作品が並んでいても、鑑賞者は平面作品の見慣れた形式の中に潜むその際立った異質さと自由度とのギャップにひたすら戸惑い、真正面から受け止めることを恐れてしまうからだ。
    あるいは、浮かび上がってきた言葉の中からより近いものを選び出し、それが完全には一致しないことをわかっていながらも、無理矢理にはめ込んで安心し、そのまま踵を返してしまうかもしれない。
    だからこそ、この重要な、絵に自由を取り戻すための解放運動は、戦略をもって慎重に進められなければならない。

    真新しいせかい : New world , 2014 叫ぶボルゾイ: Borzoi crying , 2014

    彼女は以前、このようなボールペン画を制作していた。
    A4くらいの紙にボールペンのみで描かれているのだが、驚異的な密度と絶妙なバランス感覚である。

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    そして今回の個展で展示されていたのはこのような油絵だ。

    一見すると、かなり画風が異なっているように感じられるが、実は彼女は一貫してほとんど同じことをしている。

    彼女はあらかじめ描く主題を決めておらず、特定のテーマを持っているわけでもない。
    特定の何かを表現しようとしているわけでもないし、抽象画を描いているわけでもない。
    かといって抽象表現主義として、描く過程そのものを提示しているわけでもない。

    ドローイングにしろ、ペインティングにしろ、
    何もないところから制作を始め、何を描いているのかわからないままに腕を動かし続ける。
    ひとつのことに捉われず、パターンを生み出しては崩し、変化を求め続け、やがて確かな具象を立ちのぼらせる。
    それを凝視して、ある認識に到達し、呼び名を付ける。

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    例えばこれは人の絵である。
    彼女の説明では、絵の上部に左上を向いた人間の顔があり、目と鼻の穴と口があり、緑色の髪の毛が右へと流れている。

    だが制作時、彼女はこの絵をこのように横向きに描いていたそうだ。
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    あるタイミングで縦にしてみたら、人間の絵ができあがっていた、ということらしい。

    彼女は自身の絵を説明するとき、よく「こことこことこことここが、目目鼻口」という具合に飄々と語る。
    その説明を聞いてすんなり納得できることもあれば、いや、自分にはこれはこう見える、ということもある。
    人間の視覚と記憶による認識のシステムについて、そしてその個人差について、否応無く考えさせられてしまう。
    画家が規定したひとつの正解があるわけではないが、鑑賞者の見方に完全に委ねられているという類いのものでもない。
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    たとえばこの絵では、「草みたいなのが生い茂ってる中を変な蛙が飛び跳ねている」そうだ。
    そう言われてしまうと、そのようにしか見えなくなってくるから不思議だ。
    上部の空白、鮮やかでありながら輪郭のつかめない背景の上で明らかに浮かび上がる緑色の物体、そして全体を見渡したときに微かにアクセントとして目に飛び込んでくる、縦に続くほぼ同じ色の軌跡。
    何を描いているのかはわからないし、説明をされたところでちんぷんかんぷんではあるのだが、
    この絵には主役となる部分、背景、ストーリーが存在していて、確かに説得力がある。
    そしてそれら全ては、最初から規定されていたものではなく、あとから浮かび上がって来たものばかりなのだ。
    かといって偶然性に依存しているというわけでもなく、もちろんコントロールされているわけでもない。

    彼女の絵に共通しているのは、一見して、はっきりと何の絵かわからないということ。
    それと同時に、確かに何かが描かれている「絵」であるということ。それは単なる模様や軌跡ではないし、抽象表現でもない。
    そして、それはつまり言葉では表せないということだ。
    「これは〇〇の絵である」「これは〇〇主義の作品である」というように言葉に置き換えることができない。
    ただただ、「絵」そのものとして対峙し続けるしかない。
    そうなるように巧みにプログラミングされた「絵」を描いているのだ。
    これはもう立派なひとつの形式である。
    言葉を拒絶し、定義をかいくぐっている。
    これこそが彼女が一貫して追求していることである。

    それに名前を付けて呼ぶなどということはナンセンスではあるが、わかりやすいようにあえて名付けて呼ぶとするならば、絵画における「自由主義」ということになるのではないか。
    彼女の自由な絵を見ていると、この現代においてもなお、絵画とはかくも窮屈なものだったのだろうかと思わずにはいられない。
    現実に存在する何か(そう多くの人間が認識できるもの)がうまく描かれていなければ絵ではないのか。
    モチーフやテーマが無ければ絵ではないのか。
    そうでないものを絵と呼ぶ場合、「抽象」や「表現」、「シュルレアリスム」や「〇〇主義」などという言葉を持ち出さなければならないのか。
    芸術と認められるためには、高尚な理屈を振りかざして説明を加えなければならないのか。
    そして一般人が一生のうちで一度も使うことが無いような言葉によって批評されなければ価値が認められないのか。
    絵画とは、それほど権威主義的で排他的なものだったのだろうか。

    本来、絵とは「絵」としてのみ存在しうるものであったはずである。
    ただ「絵」としてのみ評価され尊敬されうる芸術であったはずである。
    それは人類にとって、言葉などよりも前に、あまりにもプリミティブなものであったはずである。

    彼女の一連の創作活動は、そんな美術界の絵画の現状に対して、真正面から「絵」に自由を取り戻すための解放運動である。
    なぜなら彼女の描く絵は、自由と同時に、十分すぎるほどの強度と教養と美しさとを備えているからだ。
    確かな技術とセンスに裏打ちされたあまりにも純粋な彼女の「絵」は、鑑賞者の目と心を奪い、それを画壇が無視することを許さない。

    「自由主義」と呼んでみたのにはいくつかの理由がある。
    言うまでもなく政治的な用語としてのリベラリズムを連想されるわけだが、現在広く理解されているリベラリズムという言葉の思想や特徴に、彼女の絵画は多くの共通点を持っている。
    リベラリズムは古典的自由主義や自由至上主義のようなレッセフェール(自由放任)ではなく、現在形成されている秩序をある程度受け入れ、社会的公正に重きをおいている。

    彼女の絵画もまた、いきなり自由放任を主張するのではなく、既存の秩序や文脈を受け入れて、その枠組みの中での自由を追求していると言えるだろう。
    その網の目をくぐるようなバランス感覚は非常に鋭いものがある。
    既存の秩序や文脈からかけ離れているわけではなく、むしろそれを踏まえて芸術(ハイアート)としての強度を保ちながらも、ことごとく言葉や定義をかいくぐっていくように設計されている。

    そして、何も無いところから描き出されて浮かび上がってくる形状のやわらかさ、温かみのあるポジティブな色彩や、ときに印象派をも想起させる画面全体の明るさは、彼女自身が自らの絵について「ヒューマニズム」であり「平和」を表しているのだと大風呂敷を広げる言葉もそのままストンと腑に落とす。
    このイメージは、自由主義と謳いながらも「啓蒙」と「寛容」こそがその源流にあり「正義」や「公平公正」を重んじるリベラリズムにもすんなりと馴染むイメージでもある。

    また、ボールペン画から油絵へと形態を変えたことについて飯盛氏が問うと、「ボールペン画のときは自分のアトリエが無かったから」だという。
    手軽だからという理由で、紙にボールペンで、しかもマクドナルドの机の上で制作していたのだ。
    アトリエを得たことでキャンバスに油絵を描くことが可能になり、創作の幅はより自由に広がった。
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    ボールペン画から油絵への制作環境の変化に注目するとき、この絵は非常に挑発的かつ重要な作品である。
    ミニマルに対してさえもケンカを売りにいっている。
    どの方向にさえも偏ることを避け、自閉的な芸術を揶揄し、どこにも縛られずに自由であり続けるためには描く必然性のある作品であったはずだ。

    ちょうど展示を見に来ていた彼女の武蔵野美術大学時代の担当教員である袴田氏は、彼女との会話の中で、この絵を指して「ボールペン画ではこういう余白の残し方はありえなかったよね」と指摘していた。
    彼女は反射的に否定していたが、これは自分には重要な指摘に思えた。

    制作環境が油絵へと変化したことで、自由度の幅の広さと作品としての強度を保たせるバランスが変化したのだ。
    もし彼女にその自覚が無いのだとすれば、それに反応しているのは天性のバランス感覚によるところが大きいのかもしれない。
    いや、もともとニュートラルな人だからこそ、こういう絵画や表現方法が内から表出してくるのだと考える方が自然だろうか。

    フィールドが変わっても、一貫して同じことを追求し、そこに更なる強度を持たせることに成功している。
    制作環境に制限されているのではなく、制作環境に左右されていないのである。
    もちろん、モチーフに捉われることもなく、テーマにも感情にも支配されていない。
    そして自らが置かれた状況のなかで、より自由であることを求めているのだ。
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    だからこそ、この22:00画廊に彼女が作品を搬入し始めたその瞬間から、必然的にこの画廊のスペース全体が彼女の自由な創作の場と化した。
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    ドラゴンの頭部であると説明されたこの絵の左側の柱に描かれた青い線は、ドラゴンの身体だという。
    もともと開いていた穴をいかしたり、金具の掛けられていた跡も創作の糧とする。
    普通にかわいらしい花を描いてしまったりする。
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    そしてこれら全てが、この自由な絵画達にとっての額縁として最も相応しいのだと納得させられる。

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    この人形たちは謎でしかないのだが(笑)
    台座や、一体一体の造形の完成度がすごい。

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    また、彼女はお手製のカードで占いも行っており、来訪者の過去・現在・未来を占ったりもしている。
    カードに描かれた絵や占いの内容も、彼女の創作活動の一部と言ってもいいくらいに、そこに飾られた絵たちと同じ内容を語り、彼女自身の存在の輪郭を浮かび上がらせては曖昧にゆらめかせて掴めなくさせる。

    彼女の口からは「悟りを開いた」という言葉や「アセンション」という言葉も躊躇無く飛び出してくる。
    だからモチーフには縛られない。特定の描きたいものなんてなく、全てがフラットだから、何でも描ける。
    その言葉を前にすると、他の言葉たちと同じように「自由であろうとしている」という指摘さえもするりとかわされてしまう。

    輪郭がつかめそうな気がする。何かが解りそうな気がする。
    だけどどこまでもかわされ続け、やはりわからない。
    だからこそ、我々は彼女の「絵」をただひたすらに、「絵」そのものとしてのみ見続けるしかないのだろう。
    作家が画面と対峙していた時間へと遡り、その筆使いをなぞるように。
    油絵具の重なりの下を透視し、その凹凸を触知するように。
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    この絵の圧倒的な密度と完成度の前では、全ての言葉が上滑りしていく。
    彼女がボールペン画のときから一貫して追求し、そしてこの個展の中で様々なタイプの絵や試みを通して表してきたこと、その全てがたどり着いた到達点にこの「絵」が存在する。
    この辺でそろそろ、足りない稚拙な言葉たちは脇に置き、言葉を使う思考に脳を使うのを止めて、
    ただただ「見る」ことに徹しようと思う。

    画家・名倉聡美の「言葉」に耳を傾けるために。

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    テーマ : 絵画    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    Wikipedia世代のマクドナルド的創作 〜芸術の現在地と未来~

    先日、武蔵野美術大学(ムサビ)の卒業生の方達と会ってきました。
    2012年に油絵学科を卒業された、自分とほぼ同世代の下野薫子さんと名倉聡美さん、そしてムサビの卒業後に慶應の大学院で医学(!?)を研究したのち、ふたたびムササビムサビに戻り助手をしていたというすごい経歴を持つ亀井佑二さんです。
    この出会いと彼らの描く絵画が、自分にとって結構な衝撃と発見だったので、ここでも少し紹介したいと思います。
    ちなみに自分は芸術に関してはズブの素人なので、その辺は割り引いて暖かく読んでやって下さいw。
    ただ、自分もこの4月から日本映画大学に通う予定なので、芸術に対する興味と好奇心はある程度はもっています。
    それで最近はよく芸術やその歴史に触れることが多くなってきているのですが、...正直わかりませんw(爆)
    わからないと言ったのは、芸術そのものというよりも、芸術の現在地のことです。

    ドキュメンタリー映画を通してだと、最近では、バンクシーとMBWの『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』、篠原有司男・乃り子夫妻を映した『キューティー & ボクサー』、ラルフ・ステッドマンを捉えた『マンガで世界を変えようとした男』などが印象に残ってます。
    それだけでも、もう割とわかんないんですよねw。
    芸術ってなんなのか、どこからどこまでが芸術なのか、芸術の現在地はどうなってるのか。

    だから気になってネットでちょっと調べ始めたりしてみると、ますますわからなくなってくるんですw
    だって、Wikipedia内での西洋美術についての時代別のカテゴリだけでもこんなにあるんですよ。

    西洋美術(Portal:美術/コモンズ)
    時代による区分
    3-14世紀 初期キリスト教美術 - ロマネスク - ゴシック - 国際ゴシック - ウンブリア派

    14-16世紀 初期フランドル派 - ルネサンス - 盛期ルネサンス - 北方ルネサンス - マニエリスム - グロテスク装飾 - フォンテーヌブロー派

    17世紀 バロック - 古典主義 - オランダ黄金時代の絵画

    18世紀前半から18世紀半ば  ロココ - シノワズリ - ピクチャレスク

    18世紀後半から19世紀 新古典主義 - ロマン主義 - ゴシック・リヴァイヴァル

    19世紀 写実主義 - ビーダーマイヤー - ハドソン・リバー派 - バルビゾン派 - マッキアイオーリ - ラファエル前派 - ヴィクトリア朝絵画 - ジャポニスム - 印象派 - ポスト印象派 - 新印象派 - クロワゾニスム - ナビ派 - 世紀末芸術 - 象徴主義 - アーツ・アンド・クラフツ - アール・ヌーヴォー - 分離派(ウィーン・ミュンヘン・ベルリン) - 素朴派

    20世紀前半 フォーヴィスム - キュビスム - ダダイスム - 未来派 - ノヴェチェント - ヴォーティシズム - ブリュッケ - 表現主義 - 新即物主義 - ミュンヘン新芸術家協会 - 青騎士 - シュプレマティスム - 構成主義 - 新造形主義 - デ・ステイル - バウハウス - アール・デコ - シュルレアリスム - エコール・ド・パリ - モデルニスモ

    20世紀後半 アンフォルメル - 抽象表現主義 - コブラ - ネオダダ - カラーフィールド・ペインティング - ミニマリズム - ヌーヴォー・レアリスム - ポップアート - フルクサス - コンセプチュアル・アート - ランド・アート - パフォーマンスアート - ビデオ・アート - インスタレーション - 新表現主義 - アウトサイダー・アート - シミュレーショニズム - メディアアート - YBAs - 芸術テロ -スーパーリアリズム


    これが全部青い字でリンクになっていて、その先に飛ぶとまた関連する歴史背景や事件や人物名や運動や思想などが青い字でびっしりなわけです。さらにその先でもまた…。これがWikipedia無限地獄というやつです(笑)。

    19世紀の写実主義から印象派・ポスト印象派あたりの流れは「モネ 風景をみる眼」を視た。でもさらっと書きましたが、
    その後、象徴主義やピカソらのキュビズムを経て、ニューヨーク・ダダのマルセル・デュシャンが小便器をそのまま展示して『泉』とか言い出しやがった(笑)ことで一気に芸術の枠と概念は押し広げられ、フロイトの精神分析やデ・キリコの形而上絵画に影響を受けてブルトンやダリのシュルレアリスムが生まれ、その後「反芸術」としてのネオダダや余計なものをそぎ落としたミニマリズム、アンディー・ウォーホルらのポップアートが大衆に広く受け入れられ、そのころジョン・ケージが4分33秒間一切演奏をしない『4'33"』を作曲するなどしw、再び芸術の常識は破られその概念は大きく広がっていきます。
    しかもまたそれらの全てに、相互に、美術のジャンルとしてWikipediaに載ってるだけでも、

    絵画 - 彫刻 - 工芸 - デザイン - イラストレーション - 書道 - 版画 - 写真 - 映像・映画 - 舞台芸術 - 建築 - 庭園


    などが密接に絡まってくるわけです。

    さらにその先にある現代までの流れとしては、
    もっと世俗的で大衆的な日本のサブカルチャーやオタク文化、
    あるいは多ジャンルや違う時代のものとの融合を試みたものや、
    テクノロジーの発達によるものやデジタルに特化したもの、
    かと思えば前述した中のどれかを現代風にリバイバルしただけのもの、
    あるいは前述のどの文脈にも属さないような、革新的だったり難解だったり、不思議だったり奇妙だったりするもの、
    かと思えばものすごく単純でわかりやすいもの、などなど。

    ダミアン・ハーストのイカレ野郎が牛の親子を真っ二つにしてホルマリン漬けにしてたりw、
    フラワーアーティストの東信は木を宙づりにしたり凍らせちゃったり回転させてみたりw、
    名和晃平はネットで購入した動物の剥製の表面全体をガラスビーズで被覆して「PixCell」(映像の細胞)とか言い出したりw、
    廃墟の写真や水中写真がたくさん撮られてるなぁと思ったら、世界中の先住民族の写真を撮りまくってる人がいたりw、
    蛍光灯を改造して楽器にしちゃってる人がいたりw、初音ミクをオケと競演させてる電子音楽界の大御所がいたりw、
    そして前回の記事にも書いたOPNのシュルレアリスムな電子音楽と映像、などなど。

    ここに挙げたのは最近自分のアンテナが触れて印象に残ったもののごく一部ですが、
    こんな感じで、現代にあってなお"革新的なもの"ですら、溢れかえってるわけです。
    当然のことながら、今までに試されてきて"確立してるもの"の溢れ具合はその比ではないのです。
    だからもうね、現代の創作って全方位的にカオスなんですよねw
    それはやはり、何もかもやり尽されてしまっているからなのだと思います。
    これだけ長い歴史の中で、あらゆることが時代の流れとともに試され尽くしていて、しかもそれがアーカイブされてしまっているんです。
    だとすれば、芸術がなおも狙って革新的であろうとするためには、スキマ産業的な面と、技術的なイノベーション待ちの面と、限りなく個人的な面とがどうしても出てきてしまうわけです。
    しかしそれは同時に、その人とその時代にとっての必然でもあり、表現として極めて自然なことでもあり、あるいはそこに宇宙すら感じるようなことでもあったりするのです。
    そんなことを考えてると、現代の芸術ってなんだか高尚で理解しがたいことのように思えますが、
    実はすごく単純で、これはもうね、結局のところ、見た瞬間・聴いた瞬間・読んだ瞬間・理解した瞬間に、ビビッ!!ってくるかどうかなんですよ(笑)。
    こんなこと言ったら真面目に芸術を研究してる人に怒られるかもしれないけどw、自分はそう思ってます。

    ではここで、下野薫子さんの作品を紹介、しているブログを紹介しますw。
    作品の写真もリンク先にあるのでぜひ見てみて下さい。
    http://blog.imaonline.jp/book_storage/201401/000085.html
    若手アーティストのプラットフォーム paraperaを主宰している大山光平さんのブログです。
    下野さんは油絵で培ったノウハウを生かしながら、既存の画像にデジタルで加工を施すことで、アナログともデジタルともとれないような絵画をデータ上で作り上げています。
    「Infinite Painting」と名付けられていますが、大山さんも書いているように、この絵を前にしてペインティングという呼び名では役不足のような気がして、かといって何と呼べばいいのかがわからず「名指し難いものは常に刺激的だ。」と...。
    これこそまさに"革新的なもの"であり、このケースではデジタル技術の進歩がまず大きな要因としてあると言えます。
    さらに、油絵で培ったノウハウが確実に生きていますが、これは過去の膨大な蓄積とそのアーカイブの恩恵でもあります。
    それはつまり伝統と最新のクロスオーバーでもあります。
    そしてなにより、見た瞬間、最高にビビッ!!っとくるのです。結局ここが一番重要なとこですw。


    まぁ、こんなにダラダラと書いてきていったい何が言いたいのかと言うと、現代に生きる我々は歴史上最もニュートラルな"Wikipedia世代"であるということです。
    (前回の記事Oneohtrix Point Never VS. Patten @代官山UNITでは"広義でのインターネット世代"と書きましたが"Wikipedia世代"のほうがしっくりくるのでこっちにしますw。)
    2度の世界大戦が終わり、世紀末も2度迎え、予言も外れw、経済が発展し、モノが溢れ、情報が溢れ、歴史はアーカイブされ、インターネットが世界を繋ぎ、物理的にも世界は繋がってしまいました。
    それと同時に、歴史や土地や国や思想や宗教などに対する帰属意識やしがらみは薄れ、多様化され、平均化され、我々は歴史上で最もニュートラルでふわふわした存在になってしまったのです。それは芸術においてももちろんそうですし、他のあらゆることについてもそう言えると思います。
    我々は歴史の上の現代に立っていて、その蓄積と叡智にいくらでも簡単に触れることができてそれを学ぶことができますが、そのどこにも真に帰属することなどできないのです。(これは佐村河内守の交響曲第1番「HIROSHIMA」とはなんだったのか。〜名前と心を失った交響曲〜の記事中にも書いた、音楽学者の長木氏が交響曲第一番「HIROSHIMA」と佐村河内氏に寄せた文章の中からも読み取れます。また、この壮大な詐欺事件自体がそれを如実に物語っています。ちなみにこの記事が今回ムサビ卒業生の3人と出会うきっかけとなった記事ですw 自分で言いますが、すごくおもしろい記事なので読んでみてくらはいw)
    そしてデータ量がいくら増えていっても、一人の人間の器の大きさや脳ミソの大きさはずっと変わっていません。
    膨大なアーカイブの全てになんて、触れることも処理しきることも到底できず、そのなかのどれかひとつに真に帰属することだってできないわけです。

    ・網羅しているように見えて、本当の意味では何一つ知らない。
    ・ものすごく広くて浅い、でもよく見ていくと実は深い部分があったりもする。
    ・平均的に一定程度のクオリティーは保証されているが、その深遠にはあまり興味がない(文脈自体がもう違うから。)
    ・膨大な歴史の蓄積と溢れかえる選択肢、多様化する個性と希薄なアイデンティティー。
    まさに"Wikipedia世代"というわけです。

    だからいろんなところから影響を受け取って、いろんなところから引用して、いろんなものを混ぜこぜにして、伝統や蓄積に対する敬意は持ちながらもそのどこにも帰属せず、新しいものがあればどんどん取り入れて、自らの閃きや思いつきすらも含むそれら全てを、ニュートラルな存在であるがゆえに同列に扱って、ともすれば無責任なほどに、それを自分のものとして再構築し直すことで、自分だけの"革新的なもの"を生み出しているのです。

    先ほど挙げた”革新的なもの”の例と下野薫子さんの「Infinite Painting」にある決定的な共通点は、そう言い表すことができるのではないでしょうか。
    そして、受け取り手の我々もまた、ニュートラルでふわふわしてて、ともすれば無責任な現代人であるからこそ、
    それらをスッと受け入れて、現代における"革新的なもの"として、それを高く評価することができるのです。

    逆に言えば、OPNが創りたくないと語っていた"超垂直的なもの"は、創りたくないというより現代人には創れないのです。
    創れたとしても、その時代を生きて根っこからそこに帰属していた先人達の域には到底達することはできないでしょう。
    クラシックの交響曲や印象派の風景画のように超垂直的なものを創るには、我々はあまりにも多くのモノと情報とに触れすぎているからです。
    だからこそ、あらゆるものを無責任に並列にコラージュすることができて、新しいものをどんどん生み出していけるし、
    「どれかひとつ」である必要すらなく、また、歴史と時代によってそれが可能になったのです。

    そしてこれは紛れも無く現代における"シーニアス"であると捉えることができます。("シーニアス"とはブライアン・イーノの造語で、"ジーニアス"と"シーン"を掛け合わせたものです。一人の天才が突然ポッと現れて時代が変わるのではなく、時代の中のあるシーンそれ自体が刺激的でクリエイティブであり天才的なのだという意味です。詳しくは「モネ 風景をみる眼」を視た。に書いているので参照してみて下さい。)

    芸術はいま、かつてないほどに自由で、かつてないほどに難解で、かつてないほどに薄っぺらくて、かつてないほどにおもしろいのです。


    ここまでは、芸術の現在地についてのお話でした。
    ここからは、芸術の未来についてのお話です。


    下野薫子さんとムサビ時代の同期で、いまはまだ無名な画家、名倉聡美さんの絵についてのお話です。
    まずはいくつか彼女の絵を見てみて下さい。




    ……ね。 さて、どうしたもんかな(苦笑)って感じでしょ?
    自分の第一印象もそうでしたw。
    まずなにを描いているのかがわからないですよね。なにを表現しようとしてるのかもよくわかりません。
    「紙の上にモノクロで」という方法は一貫しているけれど、絵自体には一貫性が見いだせません。
    そう。わからないんです。
    すごさがわからないんじゃないんです。なぜこれほどまでにすごいと感じてしまうのかがわからないんです。
    なぜこれほどにビビビッ!!!!とくるのかがわからないんです。

    これに類似してるものを見たことがないですし、この絵を言いかえられるような言葉もみつかりません。
    それなのに、この絵たちを最初に見たとき、確かに、どこか既視感がつきまとっているように感じたんです。

    いま考えてみると、その既視感というのは、自分の内側にあるけどうまく認識もできなければ言語化もできないような、
    ふわふわした感覚・認識・思考・イメージ、そのものだったのかもしれません。
    不思議なワゴン : Wonder Wagon , 2013 オーロラ : Aurora , 2013
    くま : a bear , 2014 クマ : a bear1 , 2014

    幸いにも名倉さん本人にいろいろ質問させてもらうことができたので、少し詳しく紹介していきます。
    これらの絵の原画も見せてもらいましたが、A4とかB5くらいのペラペラの普通の紙の上に普通の黒のボールペンで描いてありました。(鉛筆をつかってる絵もありましたがほとんどはボールペンのみです。)
    実物を見ると良くわかるんですが、その線や濃淡や筆触などは、純粋で効率的な筆記具として生み出されたはずのボールペンによるものとは思えないほどに凄まじく、1枚の絵の構成力にも並々ならぬものを感じます。

    「1枚1枚に明確なコンセプトがあるのか。いったい何を描いているのか。自分の中では絵やひとつひとつの線に対して確固たるロジックや確信があるのか。」などなど、およそ聞くべきではないような質問を、やむを得ずやぶからスティックにぶつけてきましたw。

    すると少し悩んだあとに名倉さんの口から出てきた答えは、
    「うーん、マクドナルドが好きなんですよね。」でしたwww
    「あとユニクロとか、そんな感じです。」ええぇぇぇぇーwww

    「『くま』って名前がついてたりしますけど、これは最初っからくまを描こうと思って描いてるんですか?」と聞くと、
    「描いてる途中でだんだんくまに見えてきたりして、これを『くま』っていったらおもしろいかなって。」とかねw。
    「よくマクドナルドとかで描いてるんですよ。」...と。この絵たちを!?w

    エイ達 : Ray , 2014 モニュメント : Monument , 2014
    宇宙飛行士 : Astronaut , 2014 島 : Island , 2014
    国破れて山河あり : Countries may fall, but their rivers and mountains romain , 2014 叫ぶボルゾイ: Borzoi crying , 2014

    「同じことをしたくないんです。」「いろんなことを取り入れていきたいし、変化させていきたいんです。」
    「留まっていたくないんです。」「常に裏切っていきたいんです。」
    「でもその裏切り自体にも捉われたくなかったりもするんです。」
    「決まり事を決めてやってみたり、それをいきなりやめて全く違うことをしてみたり、途中で逆さにしちゃってみたり。」
    「だからなんていうか、マクドナルドとかユニクロみたいな感じです。」...と。

    つまりどういうことかというと、
    どこまでも限りなくニュートラルでありたいという願望があるということです。
    それはおそらくニュートラルでありたいという自分の願望に対してすらもです。

    名倉さんの絵がこれほどまでに1枚1枚まったく違っていて、1枚の絵の中でも多くの変化があって、
    とらえどころがなく、この絵達をどう言い表したらいいのかがわからないのはなぜか。

    それは、
    これらの絵の全てと、その創作における過程や、彼女の願望と動機すらも含めて、
    その全てでひとつの表現として、芸術の現在地あるいは若者のふわふわ感、もっといえば現代社会そのものを描き出してしまっているからなのです。

    いままで自分が書いてきた「Wikipedia世代のふわふした感覚」そのものをメタ的に、絵で表現しようと試みているのです。

    おそらく名倉さん自身は、それを絵によってのみ表現しようとしているのかもしれませんが、
    自分にはこの絵たちを取り巻く、名倉さん自身のふわふわした感覚や本質/紙とボールペンのみという方法/マクドナルドという場所、その全てがそのまま現代っ子的なものの表出であり、それがそのまま絵に現れているように感じました。
    つまりこれは極めて”マクドナルド的な創作”であると言えるのではないでしょうか。

    これは先に挙げた"革新的なもの"のどれにも属しません。なぜならその"革新的なもの"が次から次へと無責任なほどに生み出されていく現代の状況やふわふわした空気感そのものを捉えて、限りなくニュートラルにそれを表現してしまっているからです。

    平和でふわふわしたこの現代が好きで、でも同時にこの現代の状況に嫌気がさしていて、
    浅はかさと薄っぺらさと無責任さが心地よくて、でも同時にそれをすごく虚しく感じていて、
    限りなく自由でありながらも、どこかがんじがらめで、
    ものすごく満たされていて、同時に寂しさを感じていて、
    そんな、ものすごくニュートラルでふわっふわふわっふわしたものが、この一連の絵の全体として表現されているのです。
    1枚でではなく、これらの絵とこれから描かれるであろう絵を含めて、その全てでそれを表現しようとしているのです。

    だから1枚の絵をいくら凝視していても、なかなかつかめなかったしわからなかったのです。
    しかしその現代に対するメタ的な視点を獲得したうえで、自分の中にもあるふわふわした感覚を頼りに、全ての絵でひとつの作品としてみると、
    なんとも親しみ易くてそれこそ現代的な、時代にとってものすごく自然で、人懐っこい絵に見えてくるのです。

    そんなニュートラルそのものの表出であるこれら絵の前では、
    驚くべきことに「この絵は好きだけどこの絵はきらい」
    「この絵はおもしろいし、あの絵は難解だな」「この絵はかわいいけど、この絵はこわいな」
    なんてことがあり得てしまうのです。
    これこそまさに"革新"なのではないでしょうか。
    愛 : Love , 2014 うさぎ : a rabbit , 2014

    最後に亀井佑二さんについても少しだけ紹介させてもらいます。
    亀井さんはムサビで助手を務めていたとのことだったので、いまは下野さんや名倉さんのサポートに回っていて裏方に徹しているのかなと勝手に思ったりしてたのですが、亀井さんの絵の写真をiPhoneで見せてもらって驚愕してしまいました。
    その絵の写真が手元にないのでここに載せることができないんですが、
    そこには、掛け軸に描かれた立派な日本画や、油絵や水彩画、モダンなアート、人よりはるかに大きいキャンバスに描かれた巨大な絵とその裏に力強いメッセージが筆で書かれているコンセプチュアルアート、かと思えば紙っぺらに書いた子供の落書きのような絵にいたるまでw、もう自由過ぎてカオスでしたwww
    いくらなんでもニュートラルすぎるw

    名倉さんの一連の絵はニュートラルを表現していますが、それでもその絵の奥には確かに「ニュートラルでありたいと願う彼女」の存在がハッキリと見て取れます。
    「白い紙にボールペンで描く」という自ら課した制限も、ニュートラルを表現する上ではあまりにも冷静で狙いすました方法であると言えます。
    つまり、ふわふわ感を狙って正確に表現しきるためには、ふわふわしていては達成できないし高い技術と思考が必要になる、という矛盾と葛藤が生じてしまうのです。
    それでもそこに果敢に挑み、これらの絵を生み出してみせた名倉さんはすごいのです。

    なのに亀井さんの絵には、それがないのですw
    あまりにも自由に飛び回りすぎていて、どこに中心が置かれているのかすらわからないんです。
    「この絵の中で『本当の自分はこれだ』みたいな中心のようなものってありますか?」と聞いたら、
    「あー、でもこれは自分でも好きっていう絵ならあるよ。これとねー、あこれも好きだなー。」って(笑)
    「いや、それ違うでしょ!いま選んじゃってるじゃん!」と横の名倉さんからツッコミが入る始末。(笑)

    そう。ニュートラルであろうとすらせずに、真に芯からニュートラルで、ニュートラルを体現しちゃってるんです!
    これは恐るべきことです。と同時にものすごく時代を象徴していることのように思いました。
    このカオスな現代においては、本来エゴの塊であるはずの表現者であってもなお、その中心を特に意識する必要すらないということではないでしょうか。

    それらの絵を壁一面に並べて展示したことが一度あるそうで、その写真を見せてもらいましたが、あまりにもカオスでw、そしてあまりにも鮮明に現代社会そのものを映し出しているようでした。
    およそ共存できるはずのないものが1枚の壁の中に共存していて、そこには作家の姿すらも感じられず、
    全てが同一人物による作品であるということが信じられないほどに、ものすごかったです。

    亀井さんのあまりにも自由で自然なニュートラルさは、名倉さんも尊敬していてそこから影響を受けてもいるようです。
    名倉さんは自分で、芸術の現在地と亀井さんのポジションとの橋渡し的な位置にいて、自分もそれがやりたいんだということを語ってくれました。

    ここまで読んでくれて勘のいい人は感じていると思いますが、
    自分はこの二人に、新たな時代としての"シーニアス"を確かに感じました。

    これから先、こういう現代のニュートラルそのものを映し出すという形での創作は確実に増えていくはずですし、
    その先には、まだ誰も見たことのない新たな芸術の地平が果てしなく広がっているのかもしれません。
    真新しいせかい : New world , 2014

    その『真新しいせかい』をいち早く垣間みることができた自分は、ものすごく幸運で、そして幸せでした。

    その喜びを少しでもみなさんとシェアしたいと思って、この記事を書かせて頂きました。

    テーマ : 絵画    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    「モネ 風景をみる眼」を視た。


    上野の国立西洋美術館で開催中の「モネ 風景をみる眼 -19世紀フランス風景画の革新-」に行ってきました。
    特設HP→http://www.tbs.co.jp/monet-ten/

    もーね!モネ大好きだから大コーフンでした!
    なにあれ!なにあの色彩!なにあの光!なにあの水面!やっぱモネやばすぎるぜー!
    16時過ぎには入ってたはずなのに何度も順路逆走したりしてじっくり見まくってたせいで、20時の閉館時間を過ぎてから最終組と一緒に出てきました(笑)
    4時間近くいたことになりますねw 我ながらアホやw
    どうりで足が「テーマパーク足」になるわけだwww

     
    これは入る前に撮った写真です。国立西洋美術館の外には、ロダンの有名な彫刻の鋳造品が置いてあるのです。
    これは「地獄の門」と「弓を引くヘラクレス」です。
    出てきた後に撮った写真を最後に貼るので時間の経過を見てみて下さいw
    ちなみに国立西洋美術館というのは、この鋳造品も含めて、松方幸二郎という造船所の社長さんが集めていたコレクション(松方コレクション)を基に構成されているそうです。
    個人が買い集めて保管してたコレクションが100年後に国立美術館になってるってすごいことですねw
    中には当時まだ評価が定まってなかったものとかもあるわけで、収集家って実は芸術の歴史に対する役割が大きいんじゃないかって気付かされましたね。
    今回の展示はポーラ美術館との合同企画ですが、ポーラ美術館もまた鈴木常司という実業家のコレクションが基になっているんだそうです。

    モネは4年くらい前にボストン美術館展に行ったときに、その色彩と光の表現に度肝を抜かれてから大好きな画家なのです。
    そのときは様々な時代の様々な様式の絵画や芸術作品が展示されていて、
    「写真かよ!」っていうレベルの写実画とか、「もうわかんねーよ!(笑)」っていうレベルの抽象画とかも展示されてました。
    でもその中で自分が一番度肝を抜かれたのはモネの風景画だったのでした。


    今回のこの展示ではモネの初期から後期までの多くの作品とともに、
    写実主義の後の印象派の始まりから、印象派の変遷や進化、そしてさらに次世代のポスト印象派の作品までがほとんど時系列に数多く展示されてます。

    「モネはやばい!」「色彩と光と影と水面がやばい!」という、ほとんど第一印象のみでモネが好きとか言っちゃってた自分にとっては(つまり無知w)、すごく勉強になる展示でした(笑)


    理解を深めるために図録や音声ガイドも買ったんですが、それでも基本的な知識が足りなくてわからないことも多かったです。
    だからウィキペディア先生に印象派について教えてもらいました(笑)
    http://ja.wikipedia.org/wiki/印象派
    http://ja.wikipedia.org/wiki/クロード・モネ
    こんな感じでネット上で簡単に学んだことと、この展覧会を観て感じたことや考えたことなどを自分なりにまとめてみたいと思います。
    また長くなりそうな予感が…笑

    当時(19世紀後半までのフランス)は、絵画というものは写実的であることが当たり前だったそうです。
    写真がそれまでなかった(一般的に普及していなかった)時代だったということも大きく関係しているようです。
    経済的な面を見ても、当時は肖像画の需要が多く、やはり写実的に正確に描くことが求められました。
    それが産業として成り立っていて、遠近法や細部を忠実に描く技術などが発達し、絵の学校なども数多く建てられたそうです。

    1927年に写真が初めて開発されると、絵画よりもはるかに正確で納期の早い写真が肖像写真として使われるようになり、画家達はだんだん職にあぶれていくようになります。
    それに一瞬の映像を記録した写真のかつてない視覚も、当時の画家達に大きなインスピレーションを与えたそうです。

    またちょうど同じころから、画材道具の発達に伴って屋外で絵を描くことが可能になります。
    しかし屋内のように同じ条件下でゆっくり絵を描くことができないため、細部を省略し素早く絵を描く技法が生まれました。そのときに屋外の絵を描いた画家たちのことを1830年派やバルビゾン派と呼ぶそうです。

    モネは1840年生まれで、17歳のころウジューヌ・ブーダンに出会い、屋外で絵を描くことを教わったそうです。
    ブーダンは1824年生まれの画家で、1830年派やバルビゾン派から影響を受け、その後の印象派に多大な影響を与えた世代です。モネら印象派より一世代前の画家なんですね。
    ブーダンは、同世代のボードレールコローから「空の王者」と評された画家です。
    この展示では有名な「トルヴィル=シュル=メールの浜(1867年)」が展示されていて画面の大半を埋め尽くす空の描写と、浜でのパーティーの精緻な描き込みに眼が釘付けになりました。
    Boudin_Beach_of_Trouville.jpg
    ※画像はWikipediaより。
    コローは屋外の風景を印象的に描いた最初期の画家であり、印象派に多大な影響を与えたとされていました。
    この展示のモネの最初の絵「並木道(サン=シメオン農場への道)(1864年)」はコローからの影響が色濃く感じられる1枚でした。しかしこの時点ですでにモネの光や影に対する興味や、より風景そのものを直感的に捉えたいという姿勢が見て取れます。
    127765050433816330361_monet_walk00.jpg
    「並木道(サン=シメオン農場への道)クロード・モネ(1864年作)(国立西洋美術館)」

    この展示では唯一写実主義的な風景画で目立っていたクールベも1819年産まれの一世代前の画家です。
    だからこそのあの絵なのでしょう。ロマン主義的な絵がにわかに盛り上がり始めていた1855年ころに、「自分の眼に移る現実のみを描く」という写実主義的な「レアリスム宣言」をしたことでも知られいるそうです。しかしそれは懐古主義ではなく、あくまでも自らの眼に移った現実を感じたままに描くということであり、それだけでも当時は革新的なことだったそうで、印象派らと交わることは決してなくとも彼らに大きな影響を与えたことは容易に想像できます。
    また世界初の個展を開催した画家でもあったとか。
    特に「世界の紀元」という作品は衝撃と爆笑なのでぜひ検索して見てみて下さい。ここにはあまり大きく貼りたくないです。理由は見てもらえばわかりますw この展示では「波」という作品の荒波の瞬間を写実的に描き切った荘厳さと迫力に度肝を抜かれました。絵の前にしばらく貼り付いてました。
    また、印象派とは直接的には交わらなかったものの、印象派に多大な影響を与え、印象派の起源のような存在でもある1932年産まれの有名な画家マネもクールベと並んでこの展示では外せない画家です。

    モネは1859年から1862年ころに、後の印象派の仲間となる若き日のピサロシスレールノワールらと知り合います。
    特にルノワールとはその後も共に旅行して共に同じ風景の絵を描くほどの仲になったそうで、モネとルノワールの二人の絵画からも、大きな共通点とそれぞれにしか出せない強い個性とが感じられます。

    そして、なんと日本美術からの影響も大きかったようです。
    1867年のパリ万国博覧会では日本の幕府、薩摩藩、佐賀藩が万博に出展し、日本の工芸品の珍奇な表現方法が大いに人気を集めました。その後「ジャポニズム」は一大ムーブメントとなります。
    日本画の自由な平面構成による空間表現や、浮世絵の鮮やかな色使いは当時の画家に強烈なインスピレーションを与え、何よりも「絵画は写実的でなければならない」とする制約から画家たちを開放させる大きな後押しとなったのです。
    モネは浮世絵のコレクターとしても知られており、その絵画には浮世絵からの影響(特に構図)が見て取れるそうです。
    また、日本の衣装を着た妻カミーユをモデルにした『ラ・ジャポネーズ』という作品も描いており、晩年のジヴェルニーの庭の池には日本風の橋が架けられています。松方コレクションとして日本にモネの絵が多くあったことも、モネの日本との繋がりを感じさせます。

    そして、モネは1874年に仲間らと共に、記念すべき「第一回印象派展」を開催します。
    Claude_Monet,_Impression,_soleil_levant,_1872-2
    「印象・日の出(クロード・モネ)(1873年)※Wikipediaより」
    この作品が「印象派」という名前の由来となった有名な絵です。
    この絵を見た当時の評論家が「なるほど!印象的に下手くそだな!」といって「印象主義の展覧会」と悪意を込めて評したのが由来だそうですwww

    この当時の絵画もたくさん展示されていてどれも素晴らしかったのですが、その中でもモネの絵は、色彩、奥行き、立体感や瑞々しさがズバ抜けていると感じました。
    筆触分割と呼ばれる印象派を象徴する技法もモネはこのころからズバ抜けていたように見えます。
    筆触分割とは、絵の具は混ぜれば混ぜるほど暗くなってしまうという性質を回避するために、光のプリズムである7色を基本とし、色をできるだけ混ぜずに違う色を繊細なタッチ(筆触)で細かく並置していくことで、離れたところから見たときに多くの色が一緒に眼に飛び込んできて錯覚を起こすことで、色が混じったように見えるという、なんとも恐ろしく難しそうな技法のことです。

    モネの絵はこの筆触分割がハンパないんですw
    近づいて見ると、カオスなほどに細かい色が重ねまくってあって、何を描いてんのかすらわからないほどなのに、
    絵の全体が見渡せるくらい離れて見ると、光の複雑な色彩や反射や投影が、空いた口が塞がらないほどに緻密に再現されてしまっているのです!
    水面の反射なんかもう神がかってます。アタマおかしいw

    そしてその細かく重ねまくった油絵具の膨らみすらも表現の一部なのです。だから油絵は立体感がスゴいんですが、モネの絵の立体感ときたらそりゃあもうw
    モネに限らず優れた画家の油絵はもはや立体作品と呼べるほどなので、生で見ないとそのスゴさを真に感じることはできないのです。おみやげのポストカードなどにプリントされた絵の「これじゃない感」は尋常じゃないですw

    そんなことを感じながら見ていたら、突如ゴッホ(1853-1890)の
    20131227002632224.jpg
    「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋(1888年)(ポーラ美術館)」に度肝を抜かれました。
    目ん玉飛び出したw 
    近くに展示されてた絵よりも10年後の作品とはいえ、笑いが止まらなくなりましたw
    青、黄色、赤という原色系の色で非常にビビッドに描いてあり、筆触分割も狂気の重ね塗りも「やり過ぎだろ!!笑」ってツッコミたくなるくらいでしたw
    原色系の色をとても鋭く使って、人物の輪郭を赤で浮かび上がらせたりしてるのがわかると思うんですが、実物を見ると腰抜かしますよw 「油絵は油絵具の盛り上がりも表現の一部で、もはや立体作品だ」と書きましたが、
    ゴッホのはもはや彫刻なのですwww
    もう飛び出してるやんw!輪郭ぶぅわってなってる!
    川の波が膨らんでる!!橋が浮き出してる!!

    ってな感じで大興奮でしたw
    印象派からの影響を受け、さらに独自に芸術的な表現や技法を追求していったゴッホセザンヌのような画家達を「ポスト印象派」と呼ぶそうです。

    ただ、初期からの印象派の画家達も、どんどん独自の表現や技法を追求していったので「ポスト印象派」として紹介される画家もいますし、だから「ポスト印象派」ではなくて「後期印象派」という呼ばれ方をしたりもするようです。
    セザンヌだってモネと同世代ですしね。
    セザンヌは初期のころはモネらと共に印象派として活動していましたが、1880年代以降は印象派の仲間のもとを離れ、独自の構築的な描き方を追求していったそうです。

    1880年代に入ると筆触分割をさらに押し進めた技法として、点描画が生まれます。
    点描画では新印象派としてスーラが有名ですが、初期からの印象派のピサロやルノワールも点描画や点描画に近い絵を描いています。
    6034751.jpg
    「グランカンの干潮(1885年)(ジョルジュ・スーラ)(ポーラ美術館)」

    少し逸れますが、シャヴァンヌの絵画とピカソの絵画も展示されていました。
    Chavannes_Poor_Fisherman.jpg img_023914911.jpeg
    左「貧しき漁夫(1887-1892年頃)(ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ)(国立西洋美術館)」
    右「海辺の母子像(1902年)(パブロ・ピカソ)(ポーラ美術館)」
    シャヴァンヌはクールベやマネと同世代ですが、その画風は写実主義とも印象派とも大きく異なっている特異な画家です。フレスコ画からの影響が大きいとされています。
    白を混ぜた中間色で、背景に人物像が溶け込んだような絵を描いています。
    その絵に表現されているのは、その人物の内面であり精神性です。
    ピカソの初期「青の時代」のこの絵画からはシャヴァンヌからの強い影響が感じられます。

    こうして、絵画は写実主義を脱し、印象派やポスト印象派、精神性や内面の描写、そして抽象絵画やシュルレアリスムへと発展していくのです。
    ここで重要なのは、それら全てが地続きであるということです。

    また、「絵画」からすらも話が逸れていきますが、フランスの作曲家クロード・ドビュッシーの音楽は、印象派の画家達からインスパイアされた「印象主義音楽」と呼ばれています。
    それまでのロマン派音楽に見られるような主観的表現を避け、感情の表現や物語性の描写よりも、気分や雰囲気を表現し喚起することに比重を置いた音楽様式であるとされています。
    もっともドビュッシー自身は「印象主義」と呼ばれることを嫌っていたそうですがw
    作曲技法的にも、印象主義音楽は多くの新しい技法を試み、確立させています。

    ここで名前を挙げたような人物は、誰もが時代に名を刻んだ「天才」と呼ばれるような人たちですが、
    環境音楽(アンビエント)の始祖であり、またU2やCOLDPLAYのプロデューサー業でも知られ、現代の音楽シーンに多大な影響を与え続けている天才、ブライアン・イーノ大先生のおもしろい言葉があるので紹介します。
    それは"シーニアス"という造語です。
    イーノ大先生はある時代のロシア絵画が好きで、その時代の絵画に対する知識もまぁまぁ豊富だったそうで、
    ちょうどその時代のロシア絵画を集めた展覧会が開かれていたので行ってみたそうです。
    そしたら、名前を聞いたこともないような画家の絵がいっぱいあったそうです。
    しかもそれらの絵が、一緒に展示されてる有名画家の絵画と大差ないほど素晴らしかったんだそうです。
    そこでイーノ大先生は考えた。一人の"ジーニアス(天才)"が突然ポッとでてくるんじゃない。ある時代のあるシーンの流れの中でこそ、クリエイティブなものが生まれてくるんだ。そのシーン全体こそがクリエイティブなのだ。
    そこで、そのことを表す造語として“シーニアス”という言葉をつくったそうです。
    これは、モネを目当てにこの展示を見にいったのに、モネ以外のあらゆる画家の絵やその繋がりに衝撃を受けた自分にとっては、ものすごく共感し納得させられる言葉とエピソードでした。
    モネも、ドビュッシーも、ピカソでさえも、一人では時代を変えられなかったし、あの境地には到達できなかったのです。
    そして、19世紀末のフランス絵画の急速な進化と発展を表すのに、これ以上ピッタリな言葉はないのではないでしょうか。
    あの時代の芸術は、最高にシーニアスだったんだと思います。

    では、最後に肝心のモネについて書いていきます。
    ポール・セザンヌはモネに対して、
    「モネは眼にすぎない。しかしなんと素晴らしき眼なのか。」
    というモネにぴったりの賛辞を寄せています。
    これがこの展示の説明文の冒頭にくる言葉で、この展示の全体を象徴する言葉なのです。
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    「ラ・ロシュ=ギュイヨンの道(1880年)(国立西洋美術館)」
    モネは同世代や次世代の画家達が、どんどん新しい表現技法などを模索していっているときも、ただひたすらに印象派の画家として、刻々と変わりゆく光の描写を追い求めていきました。
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    「セーヌ河の日没、冬(1880年)(ポーラ美術館)」
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    「ジヴェルニーの積みわら(1884年)(ポーラ美術館)」
    この3作品はこの展示の第2章「光のマティエール」に展示されていたもので、その色彩と、光の捉え方がハンパないですw。「積みわら」の連作は「睡蓮」と並んで有名ですね。この明るさは反則ですw。
    モネの筆触分割はとんでもないISO感度ですw。
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    「陽を浴びるポプラ並木(1891年)(国立西洋美術館)」
    第3章の「反復と反映」ではモネの自然の切り取り方、構図に対する象徴主義的な試みが見て取れます。
    特にこの絵の構図と奥行き、モネの主観的な自然の捉え方は素晴らしいと感じました。

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    「睡蓮(1907年)(国立西洋美術館)」と「睡蓮(1916年)(ポーラ美術館)」
    そしてモネの集大成である『睡蓮』の連作へと続きます。
    第4章「空間の深みへ」の展示では、「船遊び」と「バラ色のボート」の2つの大作も展示されていました。
    「船遊び」では水面に映るボートと人物の影を水面の揺らめきと共に捉え、「バラ色のボート」では水中の水草を水の動きとともに捉えようとしています。
    この2作には人物が描かれていますが、これは「風景を描くように戸外の人物を描く」ことを試みているそうです。
    人物さえも、風景を構成するひとつの要素として扱ったのです。モネはどこまでいっても風景画家なんだなw

    モネが晩年に作り上げたジヴェルニーの庭は有名ですが、モネはその庭の池の睡蓮を狂ったように描き続けますw
    この画像や絵だと小さく見えますが、どちらの絵もとてつもなくでかい大作です。
    人間より軽くでかいキャンバスの全面を、水面の描写にのみ使うというキチガイ的構図のもとに、
    睡蓮の池の水面の静かな揺らめきや、光の描写、反射、投影、影を描き切っているのです。
    しかも晩年のモネは白内障を煩い、2度も眼の手術をしているそうです。
    それでも生涯描き続けたのです。
    モネは当時の時代を考えると、かなり長生きしたほうだというのも、彼の絵の到達点に大きく関係していると思います。
    というかそもそも、光の複雑さや水面の反射や投影みたいなものを、生涯を懸けて油絵で描き切ろうとしちゃってる時点でアタマおかしいんですよ(笑)
    そして描き切っちゃってるんだからもう人間じゃないですよあいつ(笑)

    ちなみに同じ第4章ではエミール・ガレの美しくて不思議なガラス工芸作品や、
    モネと深い親交があり2人で共同の「モネ−ロダン展」を開いたほどの関係であったオーギュスト・ロダンの彫刻も展示されていました。
    それらの作品もまた、見るものの感性を刺激する素晴らしく芸術的なものでした。
    彼らもまた、あの時代の芸術における“シーニアス”なのでしょう。
    全てが繋がっているということが重要で、だからこそ我々はその歴史を学ぶ意味があるのです。

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    「ルーアン大聖堂(1892年)(ポーラ美術館)」「サルーテ運河(1908年)(ポーラ美術館)」
    第5章では「石と水の幻影」というタイトルで、晩年のモネがロンドンやヴェネツィアなどの都市へ旅行に行った際の風景画の連作の中の一部が展示されていました。
    モネは当時のヨーロッパの都市らしい石造りの対象物を、決まった構図と視点から時間を置いて描き分けることで、
    霧や水蒸気そして光の変化によって見せる様々な表情を、連作として捉えたそうです。

    上部には夕日があたり赤らみ、全体はおぼろげにぼやけ、幻想的な輝きを放つ「ルーアン大聖堂」。
    「サルーテ運河」は、まさに円熟の極みと呼ぶべき筆触分割、明るい色彩、モネの眼というこれ以上ないフィルターを通して描かれた印象的な水面と投影の描写、差し込む光と、それによって豊かに表情を変える石造りの建物。
    もうずっと見てたいwww

    「睡蓮」を見る前にガレの作品を見てた辺りで、閉館15分前のアナウンスが流れたときは耳を疑いましたねw
    「うっそだろおい」「まだ子供が見てるでしょーが!」って思いましたね。
    子供じゃないけど。
    この展示の意図とモネという画家についてしっかり理解したいという想いと、なかなか直で見るチャンスのない絵とそれを見たときの自分の感覚を記憶したいという想いがあったので、たぶん普通の人の倍かそれ以上の時間をかけて回ってしまっていたんだと思います。
    だから、「睡蓮」も含めてそこから先の展示は時間が全然足りませんでした(泣)。
     
    だからほら。外に出たらこの暗さですよw
    タイムマシンにでも乗ってたのかと思いました。
    次に美術館に来る時は、朝イチで来ます。←絶対ムリw


    さて、「モネ 風景をみる眼 -19世紀フランス風景画の革新-」を視たうえでの、全体の感想というか総評ですが、

    モネの風景画は、印象派の枠も、カメラの描写力も、人間の知覚すらも超えている。
    写実ではなくあくまでも印象派的な描き方なのに、その光や水面は恐ろしいほどの実在感に満ち、それでいて人の内面に強く迫るものがあり、それはもはや、「モネの風景画」という風景として、我々の眼前に無限の広がりを魅せてくれる。

    セザンヌの賛辞であり、この展示の冒頭に来る言葉、
    「モネは眼にすぎない。しかしなんと素晴らしき眼なのか。」には、
    完全なるド素人ながらあえて異を唱えたい。あるいはそれだけでは足りないと言いたい。

    モネの風景画は、唯一無二の、まったく新しい、この世界に対する人類の知覚であったのだ。
    写実画だって、写真だって、自分の眼だって、自分の脳ミソだって、あんな捉え方はできない。
    そして、おそらくは、モネの眼と知覚をもってしても、あんな風景を捉えることなどできなかったのではないか。
    しかし、その風景は絵画として我々の眼前に確かに具現化された。
    いや…もしかすると、モネですら、その風景を完全には描き切れていなかったのかもしれない。
    「睡蓮」や「積みわら」などの光の変化を何枚も描いて連作として捉えていたことや、生涯を通して風景画を描き続けたことからも、モネの描きたかった風景は、モネの絵画よりもさらに先にあったのかもしれない。
    モネの生涯を通して描いた絵画作品を時系列に視てきたいま、そう思えてならない。

    「モネの風景画」という風景は、モネの眼とその知覚すらも超えたところで、あるいは彼の並外れた絵画表現すらも超えたところで、ただ風景として存在していたのではないか。

    「モネは眼にすぎない。しかしなんとすばらしき眼なのか。
    そして、その眼でさえも捉えきれないとは、なんと素晴らしき風景なのか。」


    自分はセザンヌの言葉にこう付け加えることで、「モネの風景」を讃えたい。

    テーマ : 絵画    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    映画は単館系のドキュメンタリーから、シネコンの娯楽映画や映画音響やIMAXの話まで。
    音楽はジャズ/クラシック〜ポストハードコア/メタルコア〜エレクトロニカ/ポストロック/ポストクラシカルまで、かなり雑食にオールジャンル聴いてます。ドラムとパーカッションやってたので演奏や音楽史にも興味あります。あとミックスやマスタリングなどにも興味があります。
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