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    あれやこれやのなんやかんや

    多趣味というか関心のあるものが多いので、趣味のことから政治的なことまで書きたいことを書きたいように書いていきます。

    Category: カメラ、写真   Tags: 写真  

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    残雪2/9昼

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    こんなアパートもう引っ越してやる!(ホントに引っ越しますw 雪のせいじゃないけどw)
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    すぷらっしゅ!
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    ごっ、ごくろうさまでぇーす!!(笑)
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    バシャシャシャシャ
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    シャシャシャシャシャー!
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    この写真撮ってるとき後ろから車きて「プァーーー!!」ってされた(泣)
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    「ガチャ止め!!」wwww
    DSC_1370 うわぁ
    DSC_1372 おわぁ
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    ガタガタガタガタ キキィィィィーーー!
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    これは光の感じがお気に入りの写真。
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    これは足跡の感じがお気に入りの写真。
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    クロネコは休まない。
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    雪は人工物との対比がおもしろい。
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    千葉では雪なんてまるっきり異物なのに、それでも草や木は雪と自然に調和してしまう。
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    でも、人工物は雪に浮く。
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    駅前。
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    バス来るの?笑
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    これは全部で1枚みたいな。

    おしまい。よくばって写真貼りすぎたな。
    このあと、この電車で新木場に行ってSCREAM OUT FESTに行ったのでした。→SCREAM OUT FEST 2014 @新木場Studio Coast ライブレポ!!!!
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    テーマ : ある日の風景や景色    ジャンル : 写真

    Category: カメラ、写真   Tags: 写真  

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    大雪2/8夜

    2/8の大雪の日の夜に撮った写真です。
    その日は無謀にも、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルの「ドキュメンタリーは震災にどう向き合えたのか?」というシンポジウムを見に出かけていて、家に帰れたのが夜遅くだったうえに靴も足も服もぐちょぐちょになっていたのでw
    「もう恐れるものは何もねぇな!」と思って、再び吹雪のなかに一眼レフを抱えて出ていったのでしたw
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    それが大きな間違いでした。
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    足の感覚が無くなるわ、カメラは防水じゃないのにびちゃびちゃになるわ、尋常じゃない寒さで凍えるわで、
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    死ぬかと思いました。
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    これは3枚ともそんなにおもしろくない写真なんですが、こうやって並べて繋げてみたらおもしろいかなと思って載せてみました。
    たぶんPC表示じゃないと何言ってんのか意味わかんないとおもいますw。

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    これはお気に入りです。この葉っぱほんとに自然に刺さってたんですよw! 自然はおもしろいなー。
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    ざ、残像拳!
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    車が何台もかわいそうなことになってましたw 押すの手伝ったりもしましたw
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    ピントのあっている写真をベースに、同じ画角でピントを外して撮って、光が玉ボケになっている写真を重ねるとおもしろくなったりします。
    最近はいろいろなことを試してみてます。もっと勉強と実験と発見を重ねて上手く撮れるようになりたいです。
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    これはなかなかオシャレに仕上がったような自己満足に浸っている写真です。
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    モノクロって実はかなり奥が深くて難しいです。勉強せねば。
    でも写真って最後は結局センスだったりもするんですよねーorz
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    これも玉ボケを重ねてます。RAWで撮影しておくと後から色々といじくれるのでいいですね。
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    雪は難しいですね。シャッタースピードと絞りとピントを試行錯誤しないと思うように撮れないです。
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    全然思うように撮れなくて、モノクロでごまかすので精一杯でした。
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    でもこれは結構お気に入りです。横殴りな感じと、鉛筆のデッサン画みたいな感じが割と好きです。写真って、ノイズだらけでもボヤけてても汚くても、見ておもしろければいいんです。と、自分は思います。
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    特に人の眼とは違う捉え方をできれば一番おもしろいです。シガ・ヴェルトフは「カメラの眼は人間の知覚を超える。」と言っています。すごいですね。発想がド変態ですね。
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    雪に埋もれて機能停止したホームを踏切内から放射構図で撮れただけでも、雪の中に突撃した意味はあったと思っています。
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    雪に埋もれた駅っていいですね。パースがきつくていい感じだと思います。これはセンターが僅かにズレてるのがもったいない。惜しいなー。でもだって、めっちゃ吹雪いてる中で、ぶるっぶる震えながら踏切のど真ん中で膝ついて撮ってんですよこれw なにしてんだ?w
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    ということで大雪の日の写真でした。

    こっちはまだこれくらいでよかったですが、 
    山梨県とかの陸の孤島になってしまった地域は本当に大変でしたね。
    全庁的な対策本部をすぐに設置しなかった県の対応もよくなかったですが、国の対応は呆れるほどのんびりとしていてずさんなものでしたね。
    もちろん総理にも内閣にも問題は大いにありますが、だからといって自分の普段からの政治的主張に沿ってここぞとばかりに個人を攻撃したりあるいは擁護したりするだけで終わってしまってはなにも報われません。
    根本的な問題は天ぷらではないはずですからね。
    まぁ実際に今回もそうなってしまっていましたが。
    もうすでに終わったこととしてほとんど誰も言及しませんよね。
    3.11のときですらそうでした。管さんと民主党が大きく批判されましたが、その後の危機管理の法整備や組織などの整備は全然進みませんでした。
    いまも日本の危機管理は、場当たり的でバラバラで全体を掌握する術や連絡網がなく、かなり危ういです。
    法整備やその運用の問題、内閣の対策本部などの設置や初動についての明確な決まりや、あるいは総合的な緊急援助を担う官庁の創設などの議論が広くなされなければならないのではないかと思います。これは同じようなことを3.11後にもツイートした記憶があります。
    つまり、根本的には何も改善されないままに、災害が起きるたびに誰かを悪者にして批判してそれで満足して終わってしまっているんです。そしてまた災害が起きて、その対応がまずかったり遅かったりすると、まるで鬼の首をとったようにみんなで批判する、ということを延々と繰り返してるわけです。
    災害に限らず、日本人の政治に対する関わり方には往々にしてそういう部分があって、大局観や責任感がやや欠けているように思います。
    それは、自分も含めて、一人一人が真摯に反省しなければならない点ですね。
    あぁー、天ぷら喰いてぇー。

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    火焔 ー省みる視点の喪失ー

    都会だとなかなか撮る機会がなさそうな「火焔」ですが、田舎に帰ったときに煌煌と燃えていたので(どんな状態だよw)シャッシーンを撮ってきました。
    関係ないですが、あえて「焔」という字を使ってみたのはU2が大好きだからです。

    実家の庭に生えてた松の木の一部分です。松食い虫にやられちゃって止むを得ず切り倒したそうです。
    松食い虫喰い虫とかいてくれたらいいんだけどな(笑)。
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    まじまじと見ると火ってすごい。
    実体がつかめず、形が定まらず、ゆらゆらと不安定。
    それでもすごいエネルギーを発していて、モノを飲み込んでは、燃やし尽くす。
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    燃やすものがなければ衰えて、燃やすものがあれば勢いを増す。
    風が吹けば揺らめいて、水をかければ消えてしまう。
    全てが外的要因によって左右されている。
    それでも火は、どこまでも火だ。
    ……おや?、これはどこかで読んだような。……そうだバガボンドだ(!!)。
    これを書いてる途中に29巻〜35巻あたりを読み漁ってしまったw

    「それぞれの生きる道は 天によって完璧に決められていて 
                それでいて完全に自由だ。」
    バガボンド29巻(沢庵の言葉)

    「外からの力によって ありようは完全に決められ 
     それでも水は水 どこまでも水 完全に自由———」
    バガボンド35巻(武蔵の気付き)

    水の中に飛び込みながら「沢庵坊よう あんたの言っていたのはこれか!!」と武蔵が歓喜し、両手を合わせるシーンがありますが、火を通して自分もいまそんな気分ですw。
    沢庵坊、武蔵、そして井上先生、あんたらの言っていたのはこれか!! 
    バガボンドはそこらへんの哲学書よりも哲学的だし、そこらへんの自己啓発本なんかよりよっぽど人生を豊かにしてくれます。自分の人生のバイブルですw。読んでいないのならばすぐにお読みなさい←

    「心を開いて受け止めるなら この世の全ては美しくてもともと」30巻(光悦殿の言葉)
    これはバガボンドの中でも特に好きなセリフです。
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    最初は火を通して人間の怒りとか感情とか、あとは火を使うことの驕りとかについて書こうと思って書き始めて、しかもこの下にもすでにそんな感じの文章綴っちゃってたのに。
    火そのものについて考えて書き始めたら話が思わぬ方向に膨らんで、自分の中で勝手にバガボンドと邂逅して大きい話になってしまったw。
    つながらないぞ、どうしよう(笑)
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    いいや、無理矢理続けよう。唐突に話変わるけど(笑)。
    人間の急激な進化のひとつに「火を使うようになった」ということが挙げられるけど、
    「火をつける」ことや「火を消す」こと、あるいは現代では「火の出力を自在に調整する」ことまではある程度できているのかもしれない。
    それでも、人間は真に「火を掌握すること」はできていない。
    形もなく燃え盛る凶暴なそれを真に掌握する術は持たない。
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    だから原発はダメだなんてそんな小さい話ではない。原発はもともと論外だろう。
    起動と停止がかろうじてできるだけで人間が掌握できない大きな力、それを人間は完全に掌握していると驕り、
    バカの一つ覚えのように次から次へと、起動ばかりを繰り返すようになった。
    その結果、コントロールが利かなくなって、停止さえも追いつかなくなった。
    自らの放った焔に囲まれて焼かれるとするならば、それはアメーバが巨大化した程度の存在である人間にとっては、
    おあつらえ向きな最後なのかもしれない。
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    ところで焔は、人間の怒りにも似ている。そういう表現としても、よく使われる。
    では、焔は怒りの体現か?恐ろしいのは焔そのものなのか?
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    違う。焔はどこまでもただ焔で、完全に自由だ。

    真に恐ろしいのは「省みる視点の喪失」ではないか。
    そう、これが書きたかった(笑)。
    実はこの写真を撮る直前にも大人の喧嘩を目の当たりにした。
    その怒りが具現化したかのようなこの焔を、自分は自分でも驚くほど冷静に、純粋に、シャッシーンに収めていった。
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    そして後で思ったのが「省みる視点の喪失」だった。
    真に恐ろしいのは怒りでも焔でもない。

    個人レベルにおいても、社会のレベルにおいても、「省みる視点の喪失」が人の手には負えない焔を生み出す。
    個人レベルでいえば、自らの立場や思考、発言、感情、価値観、過去、生き方、それらに対して「省みる視点」を失ったとき、人はバランス感覚を失い、自ら放った焔に内側から焼き尽されることになる。

    社会レベルでいう「省みる視点の喪失」とはつまり「歴史の喪失」である。これは個人の比ではないほどに恐ろしい。
    そして「歴史の喪失」とは、自己を省みる視点を喪失した個人、あるいはその集合体によって引き起こされる。

    「省みる視点の喪失」は人類史上最低最悪の発火装置なのだ。
    それの前では、人間本来のバランス感覚も、歴史の教訓や叡智さえも意味をなさなくなる。

    いまの社会はその発火装置に手がかかっているような社会だ。それが心底恐ろしい。
    省みる視点を失い、バランスを欠き、凶暴化する人が増えた。
    そしてそれは「歴史の喪失」をも危惧させるところまできてしまっている。
    いや、もしかしたら人の世はいつの時代もこうなのかもしれない。

    そんな世に生きる自分は、せめて個人として、歴史を尊重し歴史から学ぶことを心がけ、
    場所、環境、空気、時代に左右されず、
    たとえ前後・左右・上下にさらに時間軸までを加えた四次元シーソーの上であっても、自分を見失わずにバランスを取れるような人間になりたいと願う。
    それは極限まで自己を相対化するということでは決してない。自己を省みる視点を持つのはあくまでも自分自身なのだから。
    時間軸と空間軸をできるだけ広げてこの世界を捉え、その中で自己を相対化し、常に省みる視点を意識しつつも、
    自分の足元や根っこの部分を決して見失わずに、どこまでも自分らしく生きたい。

    巨大なアメーバのような存在だとしても、自分は考えるアメーバでありたい。
    自分をできる限り客観視(当然、自分の感性や価値観を前提として持ち、主観が混じることになるが)したときに、胸を張って誇れる自分になりたい。
    そのために「省みる視点」を忘れないように心がけたい。
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    焔が消えていく...。
    燃え盛る焔も、消えていく焔も、きれいだった。思ってたよりきれいに撮れて、シャッシーンに残せて良かった。

    「心を開いて受け止めるなら この世の全ては美しくてもともと」

    Category: 音楽 > LIVEレポ   Tags: LIVEレポ  

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    SCREAM OUT FEST 2014 @新木場Studio Coast ライブレポ!!!!

    去年に引き続き今年もキチガイさんたちの祭典SCREAM OUT FESTに逝ってきましたよ!!
    去年のSOFのキチガイライブレポ→SCREAM OUT FEST 2013 行ってきた!!
    いま読み返すとだいぶキチガイで恥ずかしいなw 今回はもう少し冷静で大人しい記事にしますよ!(←信用ゼロ)
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    SOFは5周年を記念して会場をクアトロから新木場Studio Coastへと大規模化。
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    前日の大雪のせいで開演に15分遅れながらもなんとか会場へ。
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    寒さに耐え、雪景色のトンネルを抜けると、そこは血の海でした。

    会場に入るとSOF常連のHER NAME IN BLOODがさっそく破壊活動を行っていましたw
    HNIBは相変わらずの凶悪っぷり!音の凶暴さとスクリームの激しさが尋常じゃない!
    新作のリリースやアジアツアーを経て成長したHNIBは貫禄すら感じさせる圧巻のステージで、まさにこのSOF2014の開幕に相応しいオープニングアクトでした!

    というか、やっぱ会場でかい!この規模でSOFとかヤバス!
    でも主催者側も会場のでかさにビビったのかフロアには柵が十字に設置してあって、日本中から集められたキチガイさん達にとってはやや暴れづらそうな印象です。
    しかしご心配なく(?)この柵は最終的には横の柵しか残らなくなりますw
    お次ぎはThe Word Alive!!!!
    きました個人的大本命!実は今年も参戦するか迷ってたんですが、海外勢最後の一枠がThe Word Aliveに決定したということで参戦を決定致しました!それくらい大好きです。
    もー盛り上がる盛り上がる!かっこよすぎる!
    エレクトロ要素も全体的な音作りも、デスパートやブレイクダウンの重さも、クリーンパートのメロのキャッチーさとアガり具合も、全てがツボをおさえております!
    デスからクリーンに移ったときのあの幸福感と高揚感!!
    そこからまたブレイクダウンしたときのあの心地良さと重厚感!!
    会場もみんなでシンガロングしたりスクリームしたりしてアホほど盛り上がってました!!

    ふと辺りを見渡すと、あれ?真ん中の柵がひとつ無くなってるw
    そしてキチガイさんたちのキチガイピットが誕生しているではないですかw  
    ひゃっほい!!(←地獄に呑み込まれた)
    ジャンプ、ヘドバン、モッシュ、ストーム、ウィンドミル、テコンドーモッシュ、レッキン、肩車、ダイブ、相変わらずなんでもありの戦争状態w
    ストームは会場の広さもあってすごく横長でめちゃくちゃ楽しい濁流でした!後頭部2回強打したけど!
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    ギター上手い!!ドラムのLuke Hollandはもうオタクレベル!!ライブのクオリティーがヤバい!
    そうなんですこのLuke Hollandのドラムが見たかったのも大きかったんです。
    彼はいまどきのYoutube出身ドラマーで、以前Skrillexのドラムカバー動画とかを漁ってたときに一人おかしなレベルのやつがいると発見したのが彼でした。

    この他にも、メタルコア系バンドのドラムカバーをたくさんアップしてるんですが、ちょうどドラムが脱退して困っていたThe Word Aliveのメンバーが目を付けたのが彼だったのです。その当時なんと18歳!
    度重なるメンバーチェンジを経て割と苦労しているThe Word Aliveですが、最高のドラマーを手に入れて最高のバンドへと成長してくれました。今年出るっぽい新作が楽しみです!
    ちなみにLukeはいまもYoutubeへの投稿は続けていてPeripheryのあの変態ドラムなんかもさらっと叩いてしまっています。恐ろしいw Youtubeの彼のチャンネル→https://www.youtube.com/user/LukeHollandDrums?feature=watch
    短めだけど変態ぶりを体感するには十分すぎるLukeのドラムソロも飛び出して、The Word Aliveも終盤戦へ!
    キラーチューンの嵐と観客の嵐で、会場の熱気はとんでもないことになっていて、もう吐きそうでしたw
    ボーカルも観客もゼーハーゼーハーいっててw 飛び出した言葉は「Fu◯k You!!!!!!!!!」←www
    テンションも最高潮になって気付いたら宙を舞ってましたw 
    残ってた柵を利用しての高いところからのダイブは最高に気持ちよかったです!
     ぷらっちっく製のブレスレットと内蔵が破壊されたけどw
    相変わらず恐ろしいなw
    他にもくつが片方すっ飛んじゃった人とか、鍵がすっ飛んじゃった人とか、頭のネジがすっ飛んじゃった人とかがいましたwww
    ところで2014をMMXⅣって書くのはかっこいいですね。

    3組目はCRYSTAL LAKE!!かっこいい!

    このイベントでは終始、人が宙を舞っているw
    CRYSTAL LAKEは知らなかったんですが、MCでボーカルが23歳だと言っていました。同い年!信じられん!
    そしてMCで、先日大事なバンド仲間の友人が自殺したことを告白し、
    「いいか!お前ら絶対死ぬなよ!」「どんなに苦しくても、どんなに夢破れても、絶対に死なないで下さい!」
    「いいか!死なないんじゃねえ!おれたちは生きて!生きてやるんだ!」
    「おれたちは、そういうメッセージを込めて音楽やってます。」「お前ら自分の道を行けよ!」
    とめちゃくちゃアツく語っていてマジで感動しました。いやホントに。
    ちょうど同じくらいの年齢でバンドを真剣に頑張ってる連中を何人も知ってるし、周りの人が就職したり結婚したりしていく中で、バンドに限らず世間の大流から逸れてひたすらに自分の道をいくということの厳しさや孤独感や疎外感を知っているから。
    いいやつだな。いいバンドだな。まさかSOFにきてこういう感動をするとは思わなかったw

    そして最後はセキュリティーさんに無理を言って観客をステージ上にあげて、全員で大合唱。
    「We Are Not!! We Are Not!! We Are Not Fuckin' DEAD!!!!!
    伝わりました。くそかっこよかった。

    今回のSOFでは転換中のBGMはDJとしてTHE GAME SHOPが演出してくれてました!
    それも最高によかった!ダブステップミックスで踊れる曲が畳み掛けてきて、おいおい休めねえじゃねぇかw!という状態に。
    SOFということも意識してか、スクリーモバンドFrom First to Lastのボーカルとしてキャリアをスタートさせて、いまや世界的なダブステップアーティストに成長したSkrillexの曲もかけてくれて、もう踊り狂ってしまいましたw
    Skrillexの曲は強制ダンスチューンですからねw


    そして4組目はPeriphery!!
    Djent(ジェント)というジャンルというかムーブメントのパイオニアであり代名詞的な存在です。

    ジェントというのは7弦ギターもしくは8弦ギターの低音弦上でのパワーコードとブリッジミュート(倍音を抑え、低音を強調するために用いられる奏法)によって得られる独特なディストーションサウンドを擬声語として表したものであり、 日本語では「ズギョン」「ズギャウ」程度の意味である。 ※wikiより転載


    ズギョンwww ズギャウwwwww DQNwwwwwww←これは違うかw
    Djent系のバンドの中でもPeripheryはプログレメタル的な複雑でテクニカルな演奏と王道メタルコアの要素を併せ持っていて、新しさとキャッチーさを兼ね備えたいまノリに乗ってるバンドです。
    日本でも相当人気があるみたいで、熱狂ぶりに驚きました。ウインドミルやテコンドーモッシュがはんぱないw
    自分も負けじと自我を失いましたw←

    バカテク過ぎて、ジャンプもモッシュも止めて見入ってしまうほどwww
    なんじゃこりゃwww

    ギタリストの一人がステージダイブしてきたw 弾けよw

    特徴的なギターの重厚なサウンドとちょいちょい耳に残るギターリフがかっこよくて、
    変態的な高速変拍子もかっこよくて、もうリズムが複雑でノリきれないときとかもあって、幸せな時間でした。
    全員の演奏技術がハンパなくて、しかもボーカルもとんでもなかったんです。
    スクリームがヤバかった。なんであんなに長いスクリームができるんだ? すごかった。


    5組目は、すっかりベテランになってしまったFear, and Loathing in Las Vegas!!!!
    相変わらず、若さとチャラさとかっこよさが同居してます!
    実は自分はラスベガスがあんまり好きじゃありませんでした。
    ラスベガスがアニメ曲というタイアップ付きでポンと出てきたことで、日本でも一気にスクリーモが認知されましたが、
    それは必ずしも洋楽のスクリーモ/ポスト・ハードコア/メタルコアの流れや進化の歴史までを汲んだものではありませんでした。
    当時の日本ではラスベガスは突然変異的に生まれたパイオニア的存在として見られていたように思います。
    まぁ日本におけるスクリーモのなかではパイオニアであることは間違いないのですが。
    でもfinchやSOTYなどのスクリーモ創世記まで遡って、SAOSINやAttack Attack!などの時代を変えたバンドを通ってこのジャンルを追ってきた熱心なスクリーモファンとしては、少し寂しい気持ちがしました。
    突然変異でもなんでもなくて、ラスベガスはちゃんとスクリーモの歴史や海外のバンドを研究して、スクリーモ/メタルコアにシンセとオートチューンを使ってエレクトロを取り入れるという、当時世界的に一番流行っていた音を日本に届けてくれただけですからね。
    でもいまはそんなことすらはるかな過去の話になっていて、日本と海外の隔たりももう無くなってきて、スクリーモの歴史とかももうどうでもよくなってきてます。それだけ世界的にメジャーで一般的に認知されるジャンルへと成長したんです。
    そうなってようやく、素直な気持ちでラスベガスも聴けるようになりました! そして素直な気持ちで聴いてみると、、、
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    結局やっぱ若い!チャラい!カッコいい! 感想はおんなじだw!!
    でもライブのクオリティーがホントに高いですね。あれだけエレクトロ多用してるのに音源の再現力がすごいです。
    激しいスクリームやオートチューンで歪ませたハイトーンボイスもかなり再現しててすごかったです。やはりさすがですね。

    もうさすがに疲れたよ。だってほら、時計も壊れてるよw。レモンが散乱してるのはまだいいよ、でも時計はオカシイだろw
    この部分が壊れて外れるってどういうことなの?w


    大トリはTHE DEVIL WEARS PRADA!!!!
    自分としては、The Word AliveとPeripheryが本命だったので、THE DEVIL WEARS PRADAは真ん中の柵の後ろの安全地帯で見ようと決めてました。

    でも見始めると、あれ?この辺で大人見してる人たちとおれのノリ方ってテンション違いすぎるなw
    なんでみんなこんなに大人しく見てるんだ?なぜ頭が自然と前後に振り子運動を始めないんだ?w
    うーん、つまらなくなってきたぞー。あー前の方は楽しそうだなぁ。いいなぁ。
    でもおれはもう体力が限界だし、この辺から見るって決めたしなぁー、、、。

    ひゃぁっほい!!←もうおれは誰にも止められないw

    暴走機関車(ストーム)!! 腕ぶんぶん丸(ウィンドミル)!!
    90°の振り子運動(ヘドバン)!!  無酸素地獄(ジャンプとモッシュとスクリーム)!!
    あひゃひゃひゃひゃ!!楽しすぎりゅー!!


    ということで今年も完全燃焼どころか燃えカスも残らないほどの壊れっぷりで終えたSCREAM OUT FESTでしたw。
    一年間で最も自我を失う儀式が今年も無事に終了しましたw。
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    バキバキになった体を休めねばw
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    以上、SCREAM OUT FEST 2014ライブレポでしたー。

    テーマ : ライヴレポ・感想    ジャンル : 音楽

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    佐村河内守の交響曲第1番「HIROSHIMA」とはなんだったのか。〜名前と心を失った交響曲〜

    「現代のベートーベン」ともてはやされた全聾の作曲家・佐村河内 守が、18年もの間ゴーストライターを使って作曲していたということが、ゴーストライターを務めていた新垣氏本人の口から明かされて、世間に衝撃が走っている。
    連日の報道を見ていると、この問題に対しての関心の高さ(あるいはTV的なネタとしての面白さ)がうかがえる。

    この報道を受けて多種多様な反応があった。
    詐欺師だ、障害を売り物にした、ファンを欺いた、被爆者や被災者を愚弄した、という怒り。
    著作権の所在はどこか、作曲とはなにか、作品と作家とはなにか、という問いと戸惑い。
    物語を買っていた、音楽の聴き方とは、音楽の理解のされ方とは、という根源的な議論。
    なぜ検証されなかったのか、なぜここまでミーハーな盛り上がりを見せてしまったのか、というメディア批判論や自虐的な大衆論。
    たったひとつの大きなウソは、自らの化けの皮を剥がすと同時に、次から次へと現代の芸術やこの社会の化けの皮までも剥がしてしまったと言える。
    様々な疑問や問題が次々と浮かび上がっては消えていくこの現象は、まるでタマネギの皮むきのようで、その中心には実は何もなかったのかもしれない。

    しかし自分としては、どの報道を見ても、誰の記事を読んでも、あまりしっくりこない。
    だれも、この問題の真に考えるべき本質を捉えていないと感じるからだ。
    おいおい、この問題を矮小化しないでくれよ。著作権なんてもうどうだっていいし、メディア論なんて聞き飽きて耳にイカだぞ、大衆の音楽への向き合い方なんて音楽史が始まって以来ずっとそうだったろうに、なにを今更得意げに当たり前のことを言っているんだ、、、と思ってしまう。

    この問題は、そんな小さな問題をつついたり、以前から指摘されていたような現代社会批判を蒸し返したりするだけでは到底済まされない、極めて重大な問題だと自分は思う。それをいまから自分なりに書いていきたい。

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    これが問題のCDだ(笑)。「交響曲第一番"HIROSHIMA"」
    NHKスペシャル『魂の旋律〜音を失った作曲家』という番組で紹介され、大反響を巻き起こし、クラシックとしては異例の18万枚もの大ヒットを記録してしまった問題作である。
    そう、自分はこれを持っている(爆笑)。いまはもう話題のCDではなく、被害者であり、踊らされたピエロであり、バカでミーハーな大衆のひとりであることの認定証となってしまったがwww
    あまりにも恥ずかしいのでひとつ言い訳をしておくと、NHKスペシャルの放送は2013年3月31日だが、自分がこれを買ったのは2013年の2月6日よりも前だ。(確認したらiTunesにリッピングしたのが2/6だった)
    といっても全聾ということは当然知ってから買ったし、2月の時点ですでに話題にはなり始めていたと記憶している。
    しかし、3月31日以降には2月とは比較にならないほど大きな話題となり、CDショップには特設コーナーが設けられ、「NHKスペシャル」「現代のベートーベン」という文字が踊っていて、それには自分も違和感を感じていた。
    だがその違和感は、誇大な売り方と熱狂的な受け止められ方に対してのいつもの感じであり、作品に対するものではなかった。

    もうひとつ言い訳をさせてもらうと、自分は普段から(熱心なクラシックファンほどではないが)クラシックも一応は聴くし現代音楽も聴く。CDやレコードもそこそこ持っている。
    このCDについても、どちらかというと全聾ということよりもヒロシマについて描いた作品であるということの方に関心があったし、曲を試聴してみてこれは一聴の価値があると判断したから買ったのだ。
    特に、ロックやJAZZでもそうなのだが、自分は政治的なメッセージを含む音楽やコンセプチュアルな音楽が好きだ。
    しかし現代の交響曲において、そういうメッセージを含む音楽というのは少ないように思う。(自分が無知なだけかもしれないが)
    吹奏楽曲だが天野正道作曲の交響組曲「GAIA」は、ジェームズ・ラブロックの「ガイア理論」をもとに人類が地球環境にもたらす影響などについて描いており、非常に強いメッセージ性を帯びたコンセプチュアルな作品となっている。
    あと、吉松隆によるオーケストラ版「タルカス」も素晴らしい。あんなに明確にコンセプチュアルな作品は他にないw まぁ冗談はさておいてw←
    そういう音楽が好きな自分にとっては、全聾で被曝二世の作曲家がヒロシマについての交響曲を完成させたとなれば、聴いてみたくなるのは当然のことだった。
    また、ひとつ前のindigo jam unitの紹介記事のように、自分は時代に流されずに明確な信念を持って作られる創作物を求めてきたし、それが「本物」であるかを見極める能力を自分なりに磨いてきたつもりだった。
    そしてこの「HIROSHIMA」を聴いて、コンセプトが明確な割にはわかりづらくて掴みづらい助長な曲であり、絶望に落ちては彷徨って上がって、また落ちて彷徨ってはまた上がってという難解で出口の見えなさがあるが、最後の最後は明確な希望へと導いてくれる曲であり、全聾であるからこそこの曲調になったのではないかとさえ感じ、世間の評判ほどに騒がれる音楽ではないがこれは「本物」であると確信していた。(これは本気で恥ずかしい。自分の耳や目や感性に心底腹が立つ。)

    ちなみにさっきAmazonを見てみたらプレミアが付いていたが、その現象だって同じことを繰り返してるだけじゃないかアホらしいw ミーハーどもめw と思ってしまう。←
    Amazonのレビューも炎上しているが、ここでもちぐはぐで表面的な意見ばかりが目立つと感じる。
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    演奏は、日本クラシック界最高峰の大友直人指揮の東京交響楽団だ。しかもライブ録音ではなくてセッション録音だ。
    これを一体どう疑えと言うのだw 無理だろ!お前ら普段オーケストラなんか聞きもしないくせにここぞとばかりに買った18万人をバカにしてんじゃねぇぞアンポンタン!(半泣き)
    そう。大友直人や東京交響楽団の団員、楽曲解説とコメントを寄せた長木誠司、日本コロムビアのスタッフ、そして当時この曲を評価した音楽評論家達、彼らでさえも皆まんまと騙されてしまっていたわけだ。
    いまになって、「やっぱりな」とか「わかっていた」的なことを「誤解を恐れずあえて言わせてもらうが」的な前置きをしたうえで言い出す評論家や聴衆たちには「わかってたのはわかったからちょっと黙ってろオタンコナス」と言いたい。
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    読めますかね?もう著作権とか知ったこっちゃない状態だし、肝心の中身に触れられる機会が極端に少なくなってしまったので、解説やコメントなどのブックレットの写真を全ページ分載せます。
    これは東京大学大学院教授で音楽学者の長木誠司氏のコメント。
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    いま曲を聴きながら読んでいても、なるほどなと感じる。(後で詳しく書くが、それこそが大問題なのだ。)
    苦悩や病理の自覚化による交響曲への昇華を初めて試みたのはマーラーであると指摘し、しかし戦後30年経ってから西洋音楽へ参入し自らの非同時性を認知した日本の創作では、あまりにも文脈が違い過ぎてそんな音楽を書く意味がなかった。また「ヒロシマ」を問題にすることは逆に政治性を帯びすぎて(文脈に適合しすぎて)難しかった。
    としたうえで、佐村河内はあまりに大きな政治性と歴史的時宣性を帯びた「ヒロシマ」というテーマを個人の苦悩として語れるようになった歴史的位置にいる。と書いている。
    「そこではもはや『交響曲の歴史が終わった』という歴史認識自体が歴史的なものとなっている。」
    「もしわれわれがこの長大で、形式的には晦渋な交響曲を少しでも難解だと感じることがあるとすれば、それは21世紀のわれわれがあまりにもこの作品を深く「理解」し、その世界に「共感」してしまっているからにすぎない。」
    なるほど納得のさすがの考察だ。これによってこの作品を受け入れ理解を深めることができたのは紛れもない事実だ。
    (そして、それが大問題なのだ。)
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    この写真ちょーウケるwwwwwwここからは楽曲解説。
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    「作曲者自身(佐村河内)のコメントによれば、第1楽章が「運命」、第2楽章が「絶望」、第3楽章が「希望」とされている。」
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    第2楽章、第3楽章の解説文では一文目で「形式的に明確ではない」ということが書かれている。(これも重要。)
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    このプロフィールもめっちゃウケるwww
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    英文での解説までついちゃってるんですよこれ。どうするんですかw。
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    大友直人さんと東京交響楽団の紹介。彼らも被害者であるが、日本オーケストラ界最高峰の彼らが譜読みによって理解と解釈を経て、演奏し表現し、ホールに高らかに響いたその音楽は、その時点では紛れも無く「HIROSHIMA」であったはずなのだ。
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    最後はプロダクションノート。
    「佐村河内さん自身は、この作品を闇の音楽と呼んでいます。(中略)80分の旅を経て、最後の天昇コラールが鳴り響いたときの感動、それはまさに闇に降り注ぐ「希望の曙光」に感じられます。」とある。その通りだ。この音楽は当時、そう解釈する意外考えられなかった。

    では、ここから問題の核心に触れていこうと思う。
    この曲を実際に作曲していたのは、佐村河内氏ではなく、ゴーストライターの新垣氏であった。
    それだけならまだよかった。「騙された!ふざけんな!ペテン師め!金返せ!」と叫ぶだけで済んだ。
    しかし、新垣氏はこの作品をゼロから作ったわけではなかったのだ。
    佐村河内氏の独自の図形譜面や細かいメモによる「発注書」をもとに作曲していたのだ。
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    その「発注書」がこれだ。
    これはなかなか興味深い。かなり細かくダイナミクスや音のブレンド、情感表現まで指示されている。
    現代音楽ではなく調性音楽として、伝統的西洋音楽の方法論をふんだんに取り入れて、しかしそれを非常に現代的で野心的なものにアップデートしてやろうという野心をひしひしと感じさせるものになっている。
    問題なのはこれが『HIROSHIMA』ではなく、「祈り部」「啓示部」「受難部」「混沌部」の4つの主題によって展開される『現代典礼』という曲だということだ。
    当然、新垣氏はこの発注通りに『現代典礼』という曲を作曲したのだ。
    しかし、そのできあがった交響曲を『HIROSHIMA』として売り出してしまったのは他でもないこの曲の原案者である佐村河内氏なのだ。
    この発注書を見ただけでは、どれほど明確に佐村河内氏の頭の中で音楽が鳴っていたかまではわからない。
    しかし、少なくともイメージや主題、曲の根幹となる部分についてはこの時点では明確だったように思える。
    そして、新垣氏も「この発注書がなければ自分はこの曲を作曲できなかった」という発言をしている。
    それだけ明確なイメージと輪郭を自分の中に持っていたにもかかわらず、佐村河内氏はこの曲を『HIROSHIMA』として世に送り出した。しかも自分で「第1楽章が「運命」、第2楽章が「絶望」、第3楽章が「希望」である。と語り、「原爆投下直後の二十分を描く」とまで語っている。
    だが当然のことながら新垣さんが作曲した時点では「原爆のことは全くイメージしていなかった。」のだ。

    この嘘にまみれた悲劇の交響曲を、われわれは、どう再解釈したらよいのだろうか。
    これこそがこの問題の核心である。

    純粋に曲としてのことだけを考えれば、「これは編集者として佐村河内氏が発注したものを新垣氏が作曲した『現代典礼』という曲である。」と解釈し直すことができる。
    「この曲を気に入った人は、これからは新垣さんの曲として純粋な気持ちで聴けば良い。」という意見も散見する。
    しかし、そんな簡単に済ませてしまうことはできないはずである。

    そこにはいくつかの理由があるが、ひとつは原案者である佐村河内氏自身が、このできあがった曲を再解釈し『HIROSHIMA』として売り出してしまっている点だ。
    (ここで問題となるのは「楽譜が書けないということは正確な譜読みもできなかったのではないか」という疑惑と「実は全聾ですらなかったのではないか」という疑惑。できあがった『現代典礼』はその時点では譜面なので、それを読めなかったのであれば再解釈して題名を変えるなんてできるはずがない。あるいは聴こえていたのだとしたら、曲を聴いて彼の中で明確に再解釈して『HIROSHIMA』として売り出したのかもしれない。そしてもうひとつは、ただ話題性を得るためだけに音楽的なことは全く無視して題名だけ『HIROSHIMA』として売り出したのではないかという疑惑。)

    そしてもう一点、上述の()内の過程がどうであれ、この交響曲は『HIROSHIMA』として広島交響楽団によって世界初演され、それを引き継いで広島初演版に基づく改訂版の第1,第3楽章が大友直人指揮の東京交響楽団によって東京初演されたのだ。その時点で、この曲の解釈も表現も、そしてホールに響く音楽も、紛れもなく『HIROSHIMA』であったのだ。
    そしてそれはそのまま聴衆に『HIROSHIMA』として受け入れられ、そこに込められた(とされた)メッセージも曲を通して真摯に受け取られて、高く評価された。この時点での評価は純粋に『HIROSHIMA』というこの交響曲に対してのものであったはずだ。

    そしてその後、さらにメディアの誇大な物語先行の宣伝によって、全聾であることと被曝二世であることが広く知られ、それを前提とした大衆による熱狂的な評価に再び塗り替えられたのだ。これは広島および東京初演時の評価や解釈とさえもまた異なっている。

    では、交響曲はいつ完成するのだろうか?

    楽譜が出来上がったときだろうか。実際にオーケストラによって鳴らされたときだろうか。
    聴衆に受け取られ、評価されたときだろうか。それとも遥かなときを超えて普遍的な評価が定まったときだろうか。

    この交響曲はいったいなんなのか、これからなんと呼べばいいのだろうか。

    もとは新垣氏作曲の『現代典礼』かもしれないが、日本最高峰の一流のオーケストラによって再解釈・再構築され『HIROSHIMA』としてすでにわれわれに届けられてしまったではないか。
    そして一流の音楽学者である長木誠司氏の解説やコメントによって、曲を聴いただけではわかりづらく難解だと思っていたそれに明確な解釈の仕方を見いだしてしまったではないか。
    その証拠に、この原案の発注書を見てこの曲を聴きながら『現代典礼』として再解釈しようとしても、どうもしっくりこない。
    だが、嘘が暴かれてしまったいま、この曲が『HIROSHIMA』であると一点の曇りもなく信じて聴くことはできないし、ましてやそこから「ヒロシマ」や原爆のことについてのメッセージを受け取り想いを馳せるなんてことはもう不可能だ。

    それに、いくら割り切ろうとしたとしても、
    音楽そのもとしてのみ純粋に音楽を受け取るなんてことはほぼ不可能だ。
    今回のことについて「ほらみたことか、お前達は純粋に音楽を聴いていない。物語を聴いていただけだ。今回はそれが作り物だっただけだ。」という人も多いが、では純粋に音楽を聴くとは一体どういうことなのか説明して欲しい。
    そういう人たちは、その作品の背後にあるものを全て(作家すらも)完全に切り離した上で、その作品を人間的な感性のみのガチンコ勝負で受け取っているというのだろうか。すごいなw ジョン・ケージじゃあるまいしw

    作品と作家とは当たり前に不可分なのだ。これは芸術全てにあてはまる。
    作品のテーマやその背景、作家の性格や哲学、作家が何に影響を受けそれを創作しえたのか、そこに付随する物語、
    それらを元に作品の理解を深めるということは当たり前のことだし、それがなければ深い理解も感動もできるわけがない。
    作品の背景や作家の哲学は作品に反映されるし、逆にその作品が作家自身に影響を与えたり作家を縛ったりすることもある。そうやって螺旋状に作品と作家はより強く結びついていく。そして作品と作家は丸ごと、より深く理解され、より高く評価されていくんだ。
    だからインタビューを読んだり、著書を読んだりするんじゃないのか。少なくとも自分はそうだし、いままでもそうやってできるだけ作品に対する理解を深めようと自分なりに努力してきたつもりだ。それはこのブログの過去の記事を読んでもらえばわかってもらえるはず。

    そしてそれはこの交響曲『HIROSHIMA』に対してもそうだ。作曲者(とされていた人物)が被曝二世であること。さらに全聾でありながらこの長大な交響曲を書き上げたということ。そこに込められたメッセージ。それが音としてどう響いているのか。それをどう解釈してどう受け取ったら良いのか。
    かなりわかりづらかったから、長木誠司さんの解説やコメントを参考にしたりもした。そうやって自分なりの解釈でこの曲を聴いていた。
    18万人全員がそうだとは言わないが、18万人の中の本当に音楽が好きな多くの人は、そうやってこの交響曲についての理解を深めようとしたはずだ。

    だが、その一番根っこの部分に大きな嘘があった。
    このたったひとつの真実の告発だけで、これまでのそれら全てがなかったことにできるのだろうか。
    長木誠司氏や大友直人氏や東京交響楽団などの一流のプロの解釈やそれに基づいた演奏も含めて、自分たちがそう信じてそう聴いてきた音楽は、全部がなかったこととして、自らの感性の恥ずかしさとともにフタをして忘れ去ることができるのだろうか。

    さらに言えば、だとしたらこの交響曲を真に把握している人間は誰一人としていないのではないか。
    新垣氏の手元も離れ、佐村河内氏の手元も離れ(そもそも嘘で塗固められていたが)、曲のみが独り歩きし、たらい回しにされ、勝手に塗り替えられ、熱狂を受け、名前も意味も変わってしまった。

    両親にさえ見捨てられ、自らの名前や存在意義すらも見失ってしまったのだ。
    だとすればこの曲は「捨て子交響曲 "ポスト"」とでも呼ぶべきなのか?
    おっとこれはさすがにブラックが効きすぎていたかw スポンサーいなくなっちゃうよw
    あるいは虚構響曲「ゴースト」か。

    だれかこの交響曲の再解釈の仕方を教えてくれ。このままじゃ気持ち悪くてしょうがない。
    頭を壁にガンガン打ちつけたくなってくるぜwww
    だけどそこに向き合わなければ、自分の感性やプライドに失礼ではないのか。
    騙されてしまったまま「騙された!許せない!」とだけ叫んでこの曲を闇に葬ってしまうのか。
    ならばわれわれにとっての交響曲とはなんだったのだ。旋律はなんでもよかったのか?
    テーマは後乗せサクサクでもよかったのか。その旋律からは何も読み取れていなかったのか。真摯に受け取った「ヒロシマ」に対するメッセージすらも嘘だったのか。そのときの感動した気持ちも嘘だったのか。
    われわれにとって音楽とはなんだったのか。いままでいったい何を聴いていたのか。芸術とはいったいなんなのか。


    いやまてよ、、、もともとが嘘によって作られた名前も中身もない音楽だからこそ、こんなに不明確でわかりづらく響くのか?

    だとしたらこれは、音楽的にものすごくおもしろいことが起きているんじゃないのか?

    CDのヒットチャートにCD付き握手権やCD付きライブチケットばかりが連なる現代社会の音楽のあり方に対して、自らの存在をもって疑問を投げかけ、メディアや聴衆に対する皮肉を含み、さらにそこに現代に対するメタ的な視点さえも持ちえている交響曲なのか?

    偽りに偽りが重なって創作されて、誇大に急速に拡散され、ひとりでに巨大に膨らんでいった結果、
    その創作物を原案者も作曲者も含めて誰一人把握できていない。
    交響曲自身すらもその音をもって自らを語り切れない。
    ある意味すごく現代的で今日的な現象をこの交響曲は身をもって示している。現代典礼(笑)。
    現代典礼とはよくいったものだw もう「交響曲第1番"現代典礼(笑)"」として再解釈する意外ないのかもしれない。

    それくらい、この事件は、芸術に対してあまりに根源的で厳しい疑問を突きつけてしまった。

    これは、音楽史に残る大問題だ。
    著作権とか詐欺とか損害賠償とかそんな小さい問題でもないし、聴衆がばかだったとかメディアが悪いとかいうだけの問題でもない。誰かが謝って済むんだったら警察犬はいらねぇんだよ。

    今日、「交響曲の歴史が終わった」という歴史認識自体が歴史的なものとなっている21世紀において、現代社会全体の合作として、かつてない方法によって、かつてない交響曲として、
    われわれの信じる芸術とはいったいなにか?そこに本物なんて存在するのか? 
    そう旋律自体が直接的に響き、われわれに厳しく問いかけてくる、名前も心もなく、そこに責任をもつ者さえいない無機質で長大な交響曲が完成されてしまったのだ。


    おいおい、ついに交響曲もここまできたかw

    ちなみに、この問題には自分の中で既視感があった。
    あのバンクシーが監督したドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』だ。
    この映画のなかでバンクシーはあのマドンナのポップアートなジャケットでも知られるミスター・ブレインウォッシュが、実はニセモノであり虚構であるということを暴きながらも、その背景にある現代社会の芸術に対する姿勢や、そもそもの芸術の意味や価値とはなにかということまでを非常に鋭く我々に問う。
    その映画を見たときも、MBWを笑ったり、MBWを高く評価した人たちを糾弾しても、この問題の本質にはたどり着けないと感じた。
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    この問いに対する明確な答えはみつからない。
    われわれはいまだに芸術というものがなんなのか、その輪郭すらつかみきれていない。
    もしかしたら、その真ん中には最初からなにもなかったのかもしれない。
    いまひとつだけ言える教訓は、われわれが歴史の上の最先端の地に立っているという奢りを捨てて、自分自身の頭と感性で真剣に一から芸術と向き合いなさい。ということだろうか。

    佐村河内氏の行為はれっきとした詐欺であり、聴覚障害を売り物にし、被爆者や被災者の想いを踏みにじるものである。
    そこに対する怒りは自分の中でもものすごく大きい。
    それでも、それにまんまと騙されてしまっていた自分の耳や目や感性に対する失望や怒りや恥ずかしさのほうがよほど大きい。
    だから、せめてこの記事を書くことで、まんまと騙されてしまった自分の情けない感性に対する最大限の言い訳とさせてもらいたい。

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    indigo jam unit / Milestone

    indigo jam unitの9年目にして9枚目のオリジナルアルバム「Milestone」を所属レーベルのbasis recordsから買いました。
    CDとLPのセットです。
    DSC_0759_1
    あーちすちっくに撮ろうとしたらなにがなんだかわかんなくなってしまいましたw
    右のでかいのがLPでその真ん中においてあるのがCDです。
    しかもbasis recordsで買うと特典として「Making of Milestone」のDVD(左上)やらステッカー(左下)やらがついてきます。
    basis recordsのオンラインショップ→https://www.basisrecords.com/store/html/

    で、普段CDとかLPとか買ってもそれを単体でここに書いたりすることはないんですが、
    これに関してはもうモーレツに感動してしまって、ぜひ紹介しておきたいと思ったんです。

    じゃあいったい何にそんなに感動したのかというと、その音質や作品作りに対するこだわりや哲学にです。

    いままではレコードプレイヤーを持っておらず、LPを買うという発想がなかったので、indigo jam unitのことも数ある日本のインストバンドのひとつだと思ってました。
    もちろん一発録りにこだわっていることや、高音質なSHM-CDでリリースしているということは知っていましたが、
    それだったら、他にも一発録りを公言してるバンドや作品だってたくさんあるし、他のインストバンドだってBlu-spec CDでリリースしてたりもしてるし、それはindigo jam unitに限ったことじゃないなと思ってました。

    ですが、昨年にレコードプレイヤーを買ってからは、いろんなアーティストの新作がリリースされるときにLP盤も一緒にリリースされないかもチェックするようになりました。
    いまの新作のLP盤にはダウンロードコードがついてる場合がほとんどで(まぁそれがMP3だと全然意味がないのでだいぶがっかりしますが)WAVやFLACやALACなどを選べたりする場合もあるのでCDを買う必要がないことも多いんです。CD自体がついてくるときもあります。なのでできればCDではなくてLPがあるのであればLPを買いたいんです。

    それで、この「Milestone」が発売されたときも「そういえばindigo jam unitは音質にこだわってたよな。LPとか出してないのかな?」と思って検索したら、
    なんとbasis recordsからの直販のみで、180g重量盤を300枚限定プレスして販売してたんです!
    いつからやっているのかはわかりませんが、前作「REBEL」でも同じことをしていたようです。そっちは当然売り切れてしまっていましたが。

    Q.180g重量盤とは?
    LPレコード盤の重量は通常130g前後ですが、この重量を重くしたものを重量盤といいます。
    重量を重くすると慣性質量が増加しターンテーブルの回転の安定化が図れると共に、レコード盤とターンテーブルの圧着度が増し、再生針と溝の接触を安定して確保することができるようになります。このことにより、再生信号に余分な外乱が加わる要素が減少しカッティング・マスターの音質により近付いた再生信号を得ることが出来るようになるのです。

    コロムビア LPファクトリーのQ&Aより一部抜粋


    というもので、まぁひと言で言えば高音質なレコードですね。
    自分もRed Garland Trioの「Groovy」やチャイコフスキーの「悲愴」の180g重量盤などを持っています。

    でも、そもそもレコードである時点でCDよりも音は断然良いですし、重量盤っていうのは全く一般的じゃないんです。コレクター向けにジャズやクラシックの名盤が180g重量盤として再発されたりとかそんな感じです。
    最近のレコードの中には明らかに130gよりは重いなとか分厚いなと思うものも少なくないですが、それでも180g重量盤ほどではないのです。

    ところが、この日本のインストバンドの新作は、180g重量盤とはっきり銘打ってリリースしている。しかも300枚限定プレスです。
    しかもダウンロードコードはつけずに、CDはあくまでも高音質なSHM-CDとして別に売っている。
    しかも特典でメイキングのDVDもついてくるらしい。
    こんなもんごっつい気になるやんけ!!ということで、CD+LPのセットを購入したのです。

    その収録内容がこちらです。
    ≪収録曲:CD≫
    1. Windscreen Rain
    2. Zeus
    3. Naja
    4. Hunt
    5. Milestone
    6. Trick
    7. Watercolor
    8. Corazon
    9. Shiosai
    --------------------------
    ≪収録曲:LP≫
    ・side A
    1.Windscreen Rain
    2.Zeus
    3.Hunt
    4.Watercolor
    ・side B
    1.Naja
    2.Milestone
    3.Trick
    4.Shiosai

    わかりますかね?曲順も曲数も違うんですよ!

    LPは片面で最大30分ほどの収録時間なので、CDよりも入れられる曲数に制約があるんです。
    さらに両面に曲を収録するので、それぞれA面B面と呼んだりするんですが、A面の方がメインだったり意図的に良い曲を集めたりされることもあります。だってA面から聴くし、どうしたって途中で途切れるからね。
    シングルレコードではそれが顕著で、A面にシングル曲を収録してB面にはカップリング曲を収録して販売していました。でも、そこに優劣をつけないで2曲ともプッシュしたい時に、両A面とか言って売り出していたんです。それの名残でいまのCDシングルでも両A面シングルとかいうわけです。
    ちなみに「アルバム」というのも、LP(Long Play)レコードがまだない時代にSP盤(片面5分程度の収録時間)を何枚も集めて写真アルバムのように本に入れたものを発売したことからそう呼ばれるようになっています。
    EPという呼び方も、そのままEP盤からきているものです。

    まぁそんなわけなんですが、完全にCDが主流になって久しい現代において、今だにLP盤を出すアーティストっていうのはもうそれだけで音質や聴き方に対するこだわりがうかがえて嬉しくなるんですが、それでも収録曲数や曲順はCDと変えないことがほとんどです。
    曲数が多い場合でも曲順はそのままに2LPとして出します。(そのせいですぐにいちいちひっくり返したりレコード乗せ替えたりしなきゃいけなくてめんどくさくてかなわんw)
    その考え方としては、あくまでも現在主流なCDとしてのパッケージがまずあって、それをLPでも聴けるようにLP盤をプレスして販売している。という感じです。だから当然曲数も曲順も同じだし、いまはデジタルデータとしての需要が高いのでとりあえずダウンロードコード入れときゃコストもかかんないしいいだろって感じなんだと思います。

    しかし、このindigo jam unitは違うんです。
    LPにはCDの8曲目の「Corazon」が収録されていません。曲数を減らしてでも1枚のLPに収めているわけです。
    しかも曲順が変わってます。CDでは4曲目だった「Hunt」と7曲目だった「Watercolor」が、LPではA面の3曲目と4曲目にきています。
    これは実際にLPで聴くと良くわかるんですが、LP用によく考えられた曲順になっているんです。
    「片面に30分程度しか入らない」「A面とB面がある」という2点の特徴をすごく大切にしている曲順だと思います。
    このアルバムでは特に、「Zeus」と「Hunt」のリズムセクションがすごくタイトで、見せ場が多い盛り上がる曲となっていますが、CDの曲順通りに収録すると「Hunt」の激しい曲が終わったところでいきなりA面が終わってしまいます。
    それだと盛り上がったところでプツっと途切れてしまうし、後半とのバランスも悪くなってしまいます。
    そのため「Naja」をB面の冒頭に持ってきて、その代わりにピアノの旋律が美しくて静かな曲「Watercolor」をA面の4曲目にしています。そうすることでA面は1曲目で導入、2,3曲目で盛り上がり、4曲目で静かに落ちついて終わります。
    B面も同じような流れで、最後はCDと同じ「Shiosai」で幕を閉じます。

    実はこれってLP時代のアーティストは当たり前にやっていたことなんです。まぁ当然のことですが。
    自分も持っているLed Zeppelinの大名盤「Ⅳ」は、あの「天国への階段」が4曲目に収録されています。
    これをCDでしか聴いたことがないと「なんで4曲目なの?どう考えてもラストに持ってくるべきだろ。」って思うんですが、当時はまだCDがない時代でLPでリリースされていたんです。つまりA面のラストに収録されていたということなんです。
    ここしかないだろ!ってとこにちゃんと入っていたんですねー。
    ところがそれがCDとして発売されるようになると、ド真ん中にきてしまうので違和感がある。
    そして、CDが主流になったいまではそれとまったく逆の現象が起きているわけです。つまりレコードで聴いたときに曲の流れに違和感を感じる。

    そんな時代に、LPはLPとしてのまとまりをもったワンパッケージの作品を。CDはCDの特性を生かしたワンパッケージの作品を。ってそれぞれ考えて作り分けて(しかもどちらも音質にはとことんこだわって)あえて別々に用意するバンドが日本にいたとは。驚きです。

    なんせ、両A面どころか「トリプルAサイド・シングル」とかいってC級レベルのポップス曲を3曲収録したCDをシングルとしてドヤ顔で売っちゃうような輩がはびこってるのがいまの日本の音楽シーンですからねw。
    なんだよトリプルAサイドってw 音楽の歴史とか言葉のルーツとかもうお構いなしだなw 3面体のレコードでも聴いてたのか?w 
    DSC_0765
    レコードは300枚限定プレスなのでシリアルナンバー入り(右下)です。
    1月中旬に注文した自分のLPは199/300でした。もうだいぶ残り少なくなってきてると思うので、気になる方はぜひ。
    音はもちろん良いです。素晴らしいです。人が演奏しているという生々しさまで伝わってきます。


    そして、そのことに加えてさらに深く感動したのは、特典でついてきた「Making of Milestone」のDVDを見たからなのです。
    DVDには「Zeus」のレコーディング時の映像と、ライブでの「Hunt」の映像が収録されています。
    そこで一発録りの仕方や録音の進め方が見れるのですが、ものすごいですw

    一発録りってことも恐ろしいですが、もっと驚いたのは、ほんとに録ったまんまだということ。
    ダビングもミキシングもマスタリングもしてないそうなんです。一切の加工をしていないと。これは驚愕です!
    一発録りといっても、CDとしてリリースする以上はミックスやマスタリングをしないなんてちょっと考えられないです。
    でもそれをやっちゃってるわけなんですよねw。
    だからあらかじめマイクのセッティングやレベルを相当に考え抜いて緻密なセッティングをして、あとはヨーイドン!で1曲みんなで演奏してそれをそのまま出すってことですよね。なんと恐ろしいw
    一音一音の音色や響きとか、曲中のダイナミクスも全て演奏によるものということですよね。すげえなw。
    しかも全てノークリックです。
    そのレコーディング方法からは「実際のバンドの生の演奏やそのグルーブやフィール感を、不純物ゼロの状態でそのまま保存してリスナーに届けたい」という執念のような強いこだわりが読み取れます。

    そしてそのやり方がまたすごい。
    防音扉のついたスタジオの各部屋にパートごとに散らばって音の混濁を避けた状態で、ヘッドホンでお互いの音をリアルタイムでモニターしながら同時に一曲を通しで演奏して、それを録音したものをそのまま収録しているんですね。
    しかもDVDに収録されているレコーディング映像はドラムがタイトで手数がハンパ無いうえにドラムソロまである緊張感MAXな曲「Zeus」です。
    ドラムの清水さんのフロアの6蓮府のイントロを合図に演奏に入るんですが、手数がとにかく多くて複雑でスリリングなドラムなんですよね。それで何度も途中で止まってしまう。手数をひとつ間違えただけでNG。また最初から。
    連打の中でスティックとスティックが当たってカチッという音が入ってしまっただけでもNG。また最初から。
    そんなことを延々と繰り返して、みんなが心身ともにヘロヘロになりながらも、それでも顔を歪めながら執念で演奏しきった、たった一発のベストテイクを、そのままの状態で世に送り出しているわけです。もはやキチガイだなw
    その演奏は、もはやライブのときのような緊張感と高揚感を持ちつつも、ドラムソロの激しさとは対照的に少しのミスも許されないものすごく繊細な作業でもあって、とんでもなくスリリングなものでした。
    ちなみに通常のレコーディングなら、クリックを聴きながら演奏したドラムパートのみを録音して「ここのスネアの音は汚いから、こっちのキレイなスネアの音をはめ込んでおこう」という切り貼りの作業をするだけで、簡単にキレイなドラムの演奏をCDに収録することができます。通しで演奏する必要もなく、直したい箇所があればそこだけやり直して録音したものをはめ込めばそれで済んでしまいます。
    でも、それだとキレイにまとまり過ぎですごくのっぺりしてしまって、人間だからこそ生み出せるその人特有のグルーブや繊細なダイナミクスなどが犠牲になってしまうことも多いのです。そうなるともうPCによる打ち込みと大して変わりません。
    それでもそういう方法をとるのは、そうしなければ到底リリースできるレベルの演奏を収録できないからです。
    一発録りというのは
    、ものすごく高い演奏技術がないとできないことなのです。
    indigo jam unit 恐るべし。

    特典DVDのラストは「Hunt」のライブ映像です。
    「Hunt」もリズムセクションがかなりタイトで、ドラムは基本ビートからしてもう足と手のダブルを織り交ぜた複雑なものになっていて、こちらも相当な難しさと手数の多さです。
    ライブでは、レコーディング時ほどの繊細さは求められないものの、その分ライブならではのものすごい緊張感が漂っていて、お客さんとバンドが同じ空間と時間を共有する、まさに真剣勝負の場であることがひしひしと伝わってきます。
    レコーディング時とはまた違ったスリリングさがあって、リズムの駆け引きやキメ、ラストの激しいダイナミクスによるライブでしか味わえない高揚感。圧巻です。
    本当に何から何まで素晴らしいバンドです。
    indigo jam unit、 甘く見てました。やばすぎます。

    と、いうことで「"Milestone" Release Tour 2014」のクアトロに行ってきますw!
    もうね、ライブが見たくてしょうがなくなってしまいましたw。


    この時代に、こんなにも頑固で素敵でかっこいいバンドが日本にいてくれたことを、心から誇りに思います。

    テーマ : おすすめ音楽♪    ジャンル : 音楽

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    カートリッジ交換/Ortofon 2M RED

    DSC_0713 DSC_0715
    レコードのカートリッジを交換しました。
    買ったのはOrtofonの2M REDです。95周年記念モデルでヘッドシェルがついてるタイプのものが出ていたのでそれを買いました。
    安価なMM型でコストパフォーマンスが良い物を探していて、1万ちょいの価格帯でグラドやGoldringやSUMIKOも気になっていたんですが、この2M REDの記念モデルは単体で1万ちょいの2M REDに3千円相当のヘッドシェルがついて1万ちょいだったのでこれにしました。

    が、しかし!
    なんでもうちょっと調べてから買わなかったのか...w
    自分が持ってるターンテーブルはDENONのDP-300Fなので、ターンテーブル付属の専用シェルしか使えないんです!(爆笑)
    レコードプレイヤー買った!
    だから結局シェル部分は使えず眠ってますw。
    まぁヨドバシのポイントで買ったからいいんですけどね。逆にその勢いがアダとなりましたw
    というかそれ以前にプレイヤーにもうちょっと投資してればよかったんですがね。まぁいずれグレードアップしたときにでも使います。
    もし新品でのDP-300Fの購入を考えている方がいるのであれば、同じくらいの予算でヤフオクでTechnics等の定番ターンテーブルを中古で買った方がいいのではないかと思います。
    DSC_0740
    写真を見てもらうとわかりやすいんですが、DENONのヘッドシェルは曲がってますよね。
    でも上のOrtofonのシェルは真っすぐです。というか基本的にヘッドシェルは真っすぐです。
    でもレコードは溝に対してカートリッジが平行の状態でトレースする必要があるので、本来ならばターンテーブルのアーム部分がカーブしてないといけないんです。
    でもDP-300Fはアームが真っすぐで、ヘッドシェルで角度をつけています。
    なんでこんな構造にしたのかわかりませんがこれはもったいないですね。
    DSC_0717
    カートリッジを交換してゼロバランスをとってから、針圧とアンチスケーティングの調整をします。
    カタログに推奨値が1.8gとあったので1.8gに設定しています。
    カートリッジの交換や調整の方法はここを参考にしました。
    一般的なカートリッジの交換方法
    専用シェルタイププレーヤーのカートリッジ交換方法
    ゼロバランスやオーバーハングなどはできる限り正確に調整したつもりですが、専用シェルだしアームの高さなども調整できない構造なので、針の位置や高さがベストではない気がします。
    そのせいか、右チャンネルだけノイズがはいったりするときがあるんですが、いまいち原因が分かりません。どなたか教えて下さいw。
    アームの高さを調節できないなら針圧を少し緩めたりして調整した方がいいのかな?いろいろ試してみます。
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    でも音は確実に良くなってます。
    解像度があがってスッキリしました。音が減衰していくときの空気感などがとてもきれいです。
    やや迫力に欠ける部分はありますが、とてもよくまとまっていて、どのジャンルでも使えるオールラウンドなカートリッジだと思います。
    他のカートリッジで聞き比べてないからわかりませんが、これでしかもシェルつきで1万ならコストパフォーマンスはだいぶ高いんじゃないでしょうか。シェルが使えていればですがw
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    しかしレコードは楽しいですね。探すのも買うのも聴くのもメンテナンスするのも楽しいです。
        
    ちなみにLPのメンテナンスにはオーテクの湿式のレコードクリーナーを使っていて、針にはオーテクのスタイラスクリーナーを使ってます。
    レコードクリーナーは湿式として使うのは中古で買ってきたレコードをクリーニングするときくらいで、普段はレコードを再生する前に乾式としてそのまま軽くサッと拭いています。
    保存にはdisk unionの袋を使ってます。まだ枚数も多くないけどとりあえずのLPの収納が欲しいって場合にはdisk unionのダンボールもオススメです。ロゴもついていていいです。自分はすでにいっぱいになりつつありますがw

    レコードはオーディオの中でも特に色々とめんどくさいですが、そのめんどくささと引き換えに得る物はすごく大きいです。
    いま世界的にアナログオーディオがリバイバルしていて、デジタルのハイレゾ化などの流れと同じ文脈でアナログの音の良さが見直されています。新作をLPでリリースするアーティストも多いです。
    もし興味のある方がいたら、ぜひ自分の耳でレコードの音を聴いてみて下さい。
    さぁ、泥沼にようこそw。

    テーマ : オーディオ    ジャンル : 趣味・実用

    Category: カメラ、写真   Tags: 写真  

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    単焦点レンズを買っていた


    そういえば単焦点レンズを買っていました。
    買ったのはもう2ヶ月くらい前ですが、ブログに書いてないなと思ったので。

    Nikonの単焦点レンズ AF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8Gです。
    ニコンDXフォーマット専用の安価な単焦点レンズです。激オススメです。
    DXフォーマットだとAPS-Cサイズのセンサー機専用なので、夢のフルサイズ一眼をいつか使うようになったときに資産にならないのでどうかなと思ったんですが、NikonのFXフォーマットで安い単焦点は50mmからしかないんですよね。
    しかもフルサイズのレンズはAPS-C機につけると画角が1.5倍になるので、元が50mmなら75mmになります。
    元が35mmの単焦点を52mmで使うならまだしも、いきなり75mmの単焦点なんてちょっと使い道がないw
    ということでこれにしました。
    ちなみにこれでも自分にとってはかなり高いのでw
    ヤフオクで、中古で状態の良さそうな物を探して安く買いました。
    てゆうかレンズって、アホみたいに高くないですか?笑
    DSC_0516
    レンズを買ったことを紹介しようとしても、そのレンズを使ってそのレンズは撮れないという当たり前のことに悔しい思いをするのは自分だけではないはずw
    いろんなところで言われてますが、一眼レフ初心者は単焦点レンズを買うことをオススメします。
    一眼レフ初心者が単焦点レンズを買った方が良い件
    もういろんなサイトやブログで詳しく書いてあるので、そっちを見てもらった方がわかりやすいですが、
    簡単に言うと「単焦点レンズは大きいボケがつくれる明るいレンズ」ということになります。

    自分はこのTAMRONの激安高倍率ズームレンズを持っています。
    この「18mm-200mm」というのはズームの範囲ですが、「F3.5-6.3」というのがズーム域での解放F値を表しています。
    これが単焦点になると焦点距離は35mm固定ですが、解放F値は1.8Gを確保できます。
    つまり絞りを開けられるので、よりボケが大きく or より明るく or よりシャッタースピードを確保 できるのです。
    なんでこうなるのかというと、ずばり単純な構造だからです。
    ズームレンズは何枚もレンズを組み合わせて焦点距離を変えられるようにしてあるので作りが複雑になってしまうのです。それだとどうしても暗くなったり、画質が甘くなってしまったりします。クッソ高いズームレンズは別ですがw。
    でも単焦点レンズは単純な構造なのでより明るく、画質もきれいなレンズになりやすいのです。
    DSC_0482
    目玉のおやじ(一眼レフ)の魅力はやはり美しいボケなのです。
    しかも単焦点を使うことでボケや構図や絞りをすごく意識して写真を撮るようになるので、写真が上達するといわれています。それに、勝手にボケるしきれいに写るので単純に上手くなったような気分になれますw
    実際は腕自体がそんなに上がってるわけじゃありませんw
    DSC_0550_1
    あとRAW撮影をしておくと、あとで露出やホワイトバランスや彩度なども調整できるのでオススメです。
    自分はRAW+JPEGで撮影しています。データ消費は膨大になりますし、RAW現像はだいぶめんどくさくて結局はJPEGの方をそのまま使うことも多いですが、「これぞ!」という写真や「これは惜しい!」という写真が後から修正できるメリットは大きいです。
    上の写真は元の写真が思ったより淡い色で淡白な感じだったので、RAW現像時にホワイトバランスを軽く修正して、仕上がりをビビッドにしてます。ちょっとビビッド過ぎましたけどねw
    DSC_0551_1

    DSC_0554_1

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    DSC_0654_1

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    DSC_0672
    ちなみにこれはほとんど年末や正月に実家の庭や田んぼの跡地で撮った写真です。
    田舎ですが、こうしてみると自然がいっぱいでいいとこです。
    プロフィール

    Sohei.S

    Author:Sohei.S
    多趣味というか関心のあるものが多いので、政治的なことから趣味のことまで、書きたい事はなんでも書いていこうと思います。
    ちなみに主な趣味は映画、音楽、オーディオです。3つとも割とどっぷりいってると思います。あと最近、写真も趣味に加わりました。
    映画は単館系のドキュメンタリーから、シネコンの娯楽映画や映画音響やIMAXの話まで。
    音楽はジャズ/クラシック〜ポストハードコア/メタルコア〜エレクトロニカ/ポストロック/ポストクラシカルまで、かなり雑食にオールジャンル聴いてます。ドラムとパーカッションやってたので演奏や音楽史にも興味あります。あとミックスやマスタリングなどにも興味があります。
    オーディオはポータブルとホームオーディオ両方です。ケーブルとかポタアン自作したりもしてます。
    拍手、ツイート、コメントなど大歓迎です。
    それではよろしくどうぞ〜m(_ _)m。

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