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    あれやこれやのなんやかんや

    多趣味というか関心のあるものが多いので、趣味のことから政治的なことまで書きたいことを書きたいように書いていきます。

    Category: 映画 > ドキュメンタリー、ミニシアター   Tags: ---

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    『真珠のボタン』〜“水の記憶”への思索の深さと“星の視座”による時間軸の長さ〜

    10/8〜10/14まで、学校の合宿として山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加してきました。
    映画祭の全体のことについては、また書く機会があれば書きたいと思いますが、
    ここでは、自分が見た全20作品の中で、特に素晴らしいと感じたパトリシオ・グスマン監督の『真珠のボタン』について書いた文章を載せておきます。
    ネタバレもあるので、まだ見ていない方は気をつけて下さい。
    ちなみに岩波ホールでこの映画と対になる前作『光のノスタルジア』と同時公開中です。
    自分はまだ前作は見ていないので、とりあえず『真珠のボタン』についてのみの論考ですが、
    『光のノスタルジア』も見てみて、また書きたいことや、2作を貫く何かが見いだせたら書いてみたいと思います。

    公式HP http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/




    「The farther backwards you can look, the farther forward you are likely to see.
    過去をより遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう。」

     ―ウィンストン・チャーチル



    主に視覚と聴覚によって知覚される映画というメディアにあって、
    映像が美しいということは、決して揺らぐことのない大きな価値である。
    それは絶対的に正義である、とまで言ってしまってもいいのかもしれない。
    手放しでそう信じさせてくれるほどに『真珠のボタン』の映像は圧倒的に美しい。
    劇映画も含めて、自分がいままでに見た全ての映画の中で、間違いなく最も美しい。
     
    ここでいう映像の美しさとは解像度のことではない。
    解像度は撮影や編集などの機材に大きく依存するが、
    この映画の映像は機材に頼って到達できるレベルを明らかに逸脱している。
    一体どうすればこれほど美しい映像を捉えることができるのだろうか。
    それも、文明の触手が届かないチリの大自然のただ中で…。

    ただ単に見た目として映像が美しいというだけではない。
    人間の感覚や時間軸、想像や理解をもはるかに越えるチリの極地の雄大な自然を映し出したその映像には、
    単純な美よりもさらに高次の、詩的で、呑み込まれてしまいそうなほどに深く、時間と空間の次元を超越し、静謐ささえも湛えた、超自然的な「崇高」さが宿っている。

    その崇高な映像に引き寄せられるように、パトリシオ・グスマン監督の思索もまた、人間の感覚や時間軸を超えて、
    鋭く深く“水の記憶”へと分け入り、さらに深淵で長大な“星の視座”へと到達していく。

    チリには、水とともに生き、星を畏れ崇める先住民族がいたのだ。

    彼らの一人が「真珠のボタン」と引き換えにイギリスへと送られ「文明化」された。
    そしてその後、先住民族は虐殺され支配されてしまった…。
    ここでの「文明化」とは、「ボタン」と名付けられたそのチリの先住民族の一人に行われたことのみを指しているのではない。
    なぜなら監督は“星の視座”に立っているからだ。
    その視座に立ったときに見通せるものや浮かび上がってくるものは、この恐ろしい歴史を幾重にも重ね合わせたように、とてつもなく重厚で根が深い。
    映画の中で辿られる先住民族への虐殺と支配の方法と過程は、まさにジャレド・ダイアモンドの大著「銃・病原菌・鉄」を想起させ、人類史全体をも容赦なく貫いていく。

    そして、それと同時に監督は、「ボタン」の数千年もの疑似タイムスリップの体験や、その後の先住民族虐殺の被害者となったひとりひとりの生や無念に対しても、ミクロなレベルで真摯に向き合おうと試みる。
    なぜなら監督は、丹念に“水の記憶”を辿っているからだ。
    そこに彼らの声を聴き、そこに彼らの魂を読む。

    やがて映画は潜水し、光が当てられず歴史の闇に包まれた、水深の深いチリの海底において、思わぬ方向へと舵を切る。
    繰り返される歴史の中の現在地点、私たちの時間軸へと立ち返るのだ。
    そこには、同じように虐げられ失われた人々がいた。

    そして、その2つの虐殺の歴史を、たったひとつの「ボタン」によって見事に接続してみせる。
    これほど劇的で大胆な展開の妙を可能にさせたのも、“水の記憶”と“星の視座”によるものであろう。
     
    冒頭では、抽象的で曖昧に思えてしまった“水の記憶”と、
    宇宙などと文字通り大風呂敷を広げているようしかに映らなかった“星の視座”は、
    恐るべき鋭さで人類史を辿り、この世界の真理を確かにかすめながら、
    やがて私たちの生きる感覚と時間軸に立ち返り、チリの負の歴史を克明に浮かび上がらせてみせた。
     
    私たちはまたここから、自らの足で一歩ずつ歩みを進めていかなければならない。

    だが、この“水の記憶”と“星の視座”は、私たちに時空間を超えさせ、人類史という長さの過去を垣間見せることで、
    果てしない未来への展望と希望とを与えてくれる。

    “水の記憶”を想い“星の視座”に立ってみたとき、私たちはみな「水の民」であると言えるだろう。
    そして、そのことを忘れなければ、かつてチリの「水の民」が渡ってみせたように、
    私たちもまた、船を制御し、舵を切り、巨大な大洋の流れに流されることなく、目指す目的地へと進んでいけるはずではないだろうか。
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    Sohei.S

    Author:Sohei.S
    多趣味というか関心のあるものが多いので、政治的なことから趣味のことまで、書きたい事はなんでも書いていこうと思います。
    ちなみに主な趣味は映画、音楽、オーディオです。3つとも割とどっぷりいってると思います。あと最近、写真も趣味に加わりました。
    映画は単館系のドキュメンタリーから、シネコンの娯楽映画や映画音響やIMAXの話まで。
    音楽はジャズ/クラシック〜ポストハードコア/メタルコア〜エレクトロニカ/ポストロック/ポストクラシカルまで、かなり雑食にオールジャンル聴いてます。ドラムとパーカッションやってたので演奏や音楽史にも興味あります。あとミックスやマスタリングなどにも興味があります。
    オーディオはポータブルとホームオーディオ両方です。ケーブルとかポタアン自作したりもしてます。
    拍手、ツイート、コメントなど大歓迎です。
    それではよろしくどうぞ〜m(_ _)m。

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